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Vol.16 洗足池散歩

このところ都内では、台風続きだった10月の埋め合わせをするかのように、穏やかな秋晴れの日に恵まれている。夕暮れにさしかかる午後4時少し前に家を出て、洗足池まで散歩するのが最近の私の日課になっている。少し汗ばむ程度の早足で20分ほど歩くと洗足池である。挨拶がわりに八幡様に詣でた後、池の周縁を歩く。カモやアヒル、さらにはカモメ、ウミウといったたくさんの水鳥達を眺めて水面を見渡すのは、何とも言えず心が晴れ晴れとするものだ。やはり水のある風景というのは、本能的に人の心を落ち着かせるのだろうか。

さて洗足池にはたくさんの錦鯉も見ることが出来る。錦鯉といえば10月の新潟県中越地震で大きな被害を受けた小千谷市である。この村を舞台にした映画「鯉のいる村」は私にとって実に大切な映画だ。1971年に公開された当時私は6歳で、生まれて初めて映画芸術というものに感動した記念碑的な作品である。監督は神山征二郎。美しい錦鯉を育てているこの村のモデルが他でもない小千谷市であることは、先月16日に新宿区で被災者支援チャリティ映画会が開かれた旨のニュースを聞き初めて知った。

生まれて初めて受けた鮮明な印象を今も思い出すあの美しい画面は、まるで透明な色彩が絶えず渦を巻いているように見えた。これまでも何度か話題にはしていたものの、その映画の公開された年やストーリーさえも記憶しておらず、このニュースのあとで調べてみてようやくわかったのだ。資料によれば、クロという一度は天ぷらにされそうになったコイの稚魚を大切に育てている主人公の少年と、両親の不和から一時親戚の家に預けられることになった都会の少女の交流を描いた映画であった。一時は色彩の渦巻きにうなされて、夜泣きするほどの甚大なる影響を受けた映画ではあったが、震災のニュースをきっかけに映画のストーリーを今更ながらに思い起こしてみて、はじめてすんなりとこの映画から被ったものを消化できたような思いがした。
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洗足池には勝海舟夫妻の墓がある。この墓のある場所は池より一段高くなっており、そこから今の時期ちょうど池の向こうに、真っ赤に熟した柿のような夕日が沈むのを眺めることが出来る。正確には木立および建築物の向こうに沈むのだが。

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夕日を見送って家路につく。帰り道に渋柿が、誰に獲られることもなく熟しきって地面に落ちているのを見、夕日のなれの果てかと思ってぎょっとする。途中のちいさな児童公園にはもう薄暗いというのに、黒人の小学校5〜6年生の少女が赤いランドセルを背負ったまま、ひとり土を掘り返している。遠い草原の国からやってきたのかもしれないこの少女と、「鯉のいる村」へ遠い街からやってきた少女がだぶって感じられる。とうの昔に忘れてしまっていて心の奥底にしまわれている懐かしい遠い村々。秋の夕日を見ていると何となく寂しいのは、思い出せないそのような場所をふと身近に感じるからではないだろうか?


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