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Vol.26 高原便り6「夏の葬送 その3」
 まもなくバスが、時刻通りに坂をのぼってきました。14:23発のバスです。火山博物館前はそこからハイウェイを通り、4つくらい先のバス停でした。台風のあとで、気温はますます高くなり、途中のつつじヶ丘あたりでは、標高が1400メートル以上あるにもかかわらず、気温は26.8℃にもなっています。わたしは、登山道をもし歩き出していたら、今頃は遭難していたかも、と一瞬ひやっとして、ネコ隊長(息子)の判断をいっそう頼もしく感じるのでした。
 ところがそんな頼もしいネコ隊長は、博物館の入り口が、こわれかけた溶岩ドームのようなかたちに、人工的につくってあるのにすっかりびびってしまい、入場券を握ったまま半泣きで立ちすくんでしまうのでした。中は真っ暗で赤いランプが照らしてあり、時折ガガーッという、火山の底から響くような効果音にも驚いて、一足踏み込んだものの、また走って飛び退いてしまう始末。見かねた入場券売りのおじさんが、「出口から逆行しても良いですよ〜」と声を掛けてくれたので、わたしは仕方なく、出口から順路を反対に見て回ったのでした。

 火山の科学をこどもに学ばせるのに、こけ脅かしのお化け屋敷もどきのような意匠はいかがなものか、とわたしも苦笑してしまいました。大抵の小学生には楽しいのでしょうが、神経質なネコ隊長には、どうやらこれは過剰なサービスなのでした。

 さて、そのあとわたしは猛烈に空腹なのに気付きました。ところがレストランは既に閉店しており、2人ともソフトクリームで何とかしのいでいるしかありませんでした。それでも懲りずに、博物館のまわりの自然遊歩道を歩き出したわたしに、しかたなくネコ隊長はついてきたのですが、吊り橋を渡る段になって、再び断固として反対するのでした。吊り橋の向こうは鬼押し出しです。お堂の鐘を突く音が、ゴーン、ゴーンと響いてこちら側にも聞こえてきます。わたしにもその吊り橋が、何だかこの世とあの世の別れ道のように思えて、吊り橋の真ん中まで行って引き返してしまいました。あたりにはもう人影はないし、向こうに見える溶岩の景色は、一種異様なすさまじいものですし、ネコ隊長が怖がるのも無理ありませんでした。じゃりじゃりした小石を踏んで、また来た道を引き返します。
 まだ少し心残りでしたが、まもなく15:55発の軽井沢駅行きのバスが来たので、それで帰ることにしました。ネコ隊長は始め少しためらって、それからあわててバスに乗り込もうとしたので、ステップで転んで左の脇腹をこすってしまいました。それが、あとでお風呂で見た時に、赤くすりむいたところが、まるでキリストの傷のようになっていたのでした。

 夏の葬送には立ち会いましたが、自分らは再びこちらの世界に戻ってこられて良かったなあと、バスを降りてしみじみ感じました。それから、さらに空腹がこらえきれなくなり、17時前にいつものコンベルサという喫茶店に駆け込んで、わたしはシナモントースト、ネコ隊長は桃ジャムのトーストを、たいへんおいしくごちそうになったのでした。
 18:36着の新幹線で、パパが3日ぶりに東京から帰ってきたときは、もう2人ともお風呂に入ってさっぱりとした後で、爽やかな気分でした。そしてネコ隊長は、希望通り知り合いのウェイトレスさんがいるイタリアン・レストランで、カルボナーラ・スパゲッティーを食べ、楽しく眠りについたのでした。わたしは布団に入るなりぐっすり眠ってしまい、お風呂からパパが出たのにもまったく気付かないのでした。けれどもネコ隊長は、パパが湯上がりにオタネニンジンをお湯に溶かして飲んでいた、その物音をしっかり聞き逃さなかったそうです。(おわり)



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