AK Co.

Season'sTips


Back number
Vol.45 情報の大洋

 この春はじめて英会話レッスンに通い始めて以来、できるだけウェブ上の海外のサイトにアクセスしてニュースを読むようにしている。そうしてみて改めて気づいたことは、イギリスのBBC Newsには科学の話題が圧倒的に豊富だということ。私のお気に入りは宇宙探査や人工知能、ロボット工学などの分野なのだが、素人にも非常にわかりやすくたくさんの写真や動画を使って解説されており、一日中読みふけってしまうほどの量なのである。つい先日も、NASAの無人火星探索ロボット「フェニッ クス・ランダー」が火星表面にジェットを噴射しながら軟着陸する動画(コンピューター・グラフィックス映像)を観てしみじみと感激してしまった。BBCのホームページで”Phoenix”と検索すれば、すぐに山ほどの映像や写真を探し出すことができる。

 しかも先月、ついに新しいMacBookを手に入れた。今までは仕事でどうしてもWindowsを使うことが多く、大学の研究室にあるiMacを横目でみていたのだが、これが何故かすぐに壊れてしまった。一方、デジタルカメラやビデオのデータがどんどん増え続け、それらを集中して管理するために自宅でMacBook を使うことにしたのだ。すると今度はWeb上に無数といってよいほどあふれている、様々なポッドキャストの海を探索することになってしまった。ポッドキャストは、ウェブ上にあるオーディオやビデオによるブログのようなものである。これまでもYouTubeなどでいくつかビデオを検索したことはあったが画像は玉石混淆だ。おもしろいことに、これらの動画・音声配信サービスが始まったのはいずれも2005年頃からだ。ニュースやラジオ番組、各種学術雑誌の最新号の紹介などがポッドキャスティングされており、すべて無料で視聴できる。しかもビデオデータには、今までは翻訳された本でしか読んだことのない人たちの講演会のビデオが、無料でしかも非常によい画質で提供されているのには心底驚いてしまった。とくにTEDというサイトからは100以上の講演が無料でダウンロードでき、生物学者のウィルソンやドーキンス、哲学者のデネット、量子コンピューターおよび多宇宙理論家であるドイッチェ、ブラック・ホールの理論で有名なホーキング、ストリング理論の専門家で「エレガントな宇宙」の著者であるグリーンなどの、それぞれ20分あまりの講演を観ることができる。本で読むのと映像で観るのとでは印象が違ったりしてとても興味深い。また、アメリカやイギリスの大学では、講義を音声や映像でウェブ上においてある場合が多く、これらもとても役に立つ。

 というわけでここ1週間ほど、持病の頸椎ヘルニアが再発しそうなくらい長時間コンピューターの前に座って過ごし続けた。梅雨のはしりか、あいにく霧雨の降る肌寒い日曜日、たまには足も使わないと!と思いたち、息子と2人で上野の科学博物館へ「ダーウィン展」を見に行った。たくさんの人が来ていたが恐れていたほどの混雑ではなく、私達はヘッドホンを通して展示内容の解説を聞くことが出来るオーディオセットをそれぞれ借りて会場に入った。首から下げる機械がやや重くて、頸椎ヘルニアをさらに悪化させるのではと危惧したのだが、そんな心配は吹っ飛んでしまうほど私達は展示の内容に夢中になった。
 入り口近くにある、ダーウィンが22才の時から5年をかけて世界中を帆船「ビーグル号」で旅した航路図も興味深かったが、私達が一番興味を持ったのは、ダーウィンが常に持ち歩いて「進化論」の構想を練り上げるのに使っていた小さなノート類の展示だった。それらは手帳サイズのノートで、それぞれノートブックA, ノートブックB,…のように名前がつけられていた。中には細かい字でダーウィン自らの手によるメモや図の類がびっしりと書き込まれている。やはり故人の肉筆ほど本人を深く語るものはない。ビクトリア朝の当時、当然予想される宗教的な反発を警戒して、ダーウィンは自説の発表までほぼ20年以上迷っていたそうだ。しかしノートブックDに書き込まれた「生命の樹」と呼ばれている有名な図を見れば、ダーウィンが航海で過ごした20代の頃、すでに進化論の基礎的なアイディアをほぼ確立させていたことがはっきりと解る。

 ダーウィン展の後で、ウンカが大量に飛びまわるずっしり雨に濡れた葉桜の公園を散歩している間中、息子はしきりに「ダーウィンは立派な人だったんだね〜」とくり返し話していた。彼はおみやげにミュージアムショップで、ロケット模型の紙工作セットを買うというので、私は「なぜだ??」と思いつつしぶしぶ承知しのだが、展覧会の印象は彼の心にもしっかりと響いていたようだ。「ダーウィン展」には、ネット上にあふれる大量の情報だけからは決して得られない、生身の科学者の息づかいを肌で感じるという、とても贅沢な空気が確かに存在していたと思う。



home

禁無断転載・リンクフリー (c) AK Co. All Rights Reserved.


home