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Vol.52 熊野古道(1)
January 2010

 いつか熊野古道に行ってみたいと思い始めたのは、おそらく2002年頃からです。以来ずいぶんと時間がかかりましたが、昨年暮れにようやくその第1回目の旅が実現しました。熊野古道とひと言でいっても、紀伊路、小辺路(こへち)、中辺路(なかへち)などいくつかのルートがあります。今回はそのうち中辺路を通り熊野本宮大社へ至るルートと、大辺路を通り那智大社および青岸渡寺に至る二つのルートを、いずれも白浜を起点にレンタカーで廻るという計画でした。自宅を朝7時15分に出て、飛行機で羽田から1時間飛び、午前10時半にはもう白浜空港に到着していました。白浜からはもっぱら国道沿いに車を走らせ、百以上もある王子のうち途中で立ち寄れるところだけ、無理しないで巡ってみることにしました。王子というのは、熊野権現の御子神をお祀りしている社のことです。
 年末だったこともあり、かなりの寒さを覚悟していったのですが、当日はまるで春のような暖かさ。白浜から30分ほどドライブしてはじめに立ち寄った瀧尻王子では、茶店のおかみさんが湧き水とミカンを勧めてくれました。一袋100円の小さなミカンでしたが、とても甘くて濃い味なのに驚きました。店先に無料で借りられる杖がたくさんおいてあるのをめざとく見つけたネコ隊長は、杖をついて歩くのが珍しかったらしく、坂道をどんどん一人で登ろうとするので呼び止めると、「え?歩くんじゃなかったの?」ととても不平そうな顔でようやく戻ってきました。山道は杉を代表とする様々な常緑樹がうっそうと茂る道で、あたりに大きな苔むした岩石がたくさん転がっています。その大岩をまたぐようにして根を伸ばしている松の大木はまるで岩と根が一緒に成長しているかのようです。奥深い森へと続く坂道の先をじっと見上げていると、徐々に時間の後先が曖昧になってきました。確かに以前私もここを歩いていた、という強い感覚が記憶を書き換えてしまうような錯覚を覚えます。

 次の王子でお昼にうどんか何かを食べたいね、などと話しながらふたたび車を走らせます。みかんと草餅ですこししのいだものの、朝食はおにぎりだけだったのでかなり夫はおなかをすかせている様子です。次の茶店は牛馬童子への登り口にありました。駐車場に車を止めて店に入ると、壁に貼ってあるメニューにうどん・ラーメン・親子丼など4品目ありました。ネコ隊長はラーメン、私と夫はきつねうどんを注文しました。関西風のだしがとてもおいしいうどんでしたが、一番おいしかったのは店のおばあちゃんの手作りと思われるちらし寿司の小皿でした。うどんをゆでる湯気にもうもうとまかれ、まかないをするおばあちゃんの顔はよく見えませんでした。
 その店から歩いて20分ほどという牛馬童子を目指したのは、午後の日差しがとても暖かく、山道がからっとして明るい印象だったからです。杉や榊の常緑樹が圧倒的に南国の勢いを感じさせます。ここの山道の岩はきちんと道脇によけられていて、常に人が入って道を整えてくれている気配があります。杉並木を少し行くと今度はうっそうとした竹林になりました。湧き水が流れる小川を渡り、かなり急な坂道を上りきったところにちいさな印塔がありました。西国三十三カ所巡りを中興した花山法皇がここでお弁当を食べたので、このあたりを箸折峠と呼ぶそうです。牛馬童子の小さな石像にお参りすると、その名の通り牛と馬を1頭ずつ並べた上にまたがって乗っている童子の像です。牛と馬の両方にまたがる像は珍しく思えて、私たちはあれこれその像の意味を話し合いました。夫は、これは旅人の疲れを癒すための洒落だという「ウケ狙い説」を唱えました。絶対に洒落だ!と夫は言い張ります。関西人のユーモア感覚は私には深くは理解できません。実際おもわず笑いを誘うユーモラスな像ではあります。私は牛と馬の両方に乗ってようやくたどり着けるほど遠い旅路であるという比喩説を唱えました。あれこれ話しながらもと来た道を戻り、杉並木を降りきったところで5mほど先を歩く夫に話しかけようとして目を上げると、彼の後ろに座敷わらしのように着物を来たスラッと背の高いこどもがぱっと現れて消えてしまいました。「童子が出た!童子が出た!」と騒ぐ私に、「そんなもん、で〜へん!」と言い返す夫。そのやりとりをあきれて見ているネコ隊長は、「それは幻覚でしょう。」とあっさりつぶやくのでした。

ここからはひたすら車を走らせ(もちろん運転はすべて私です)、熊野本宮大社を目指しました。国道のカーブを曲がる時に遥か山あいにちらっと見えた熊野川の中州は、青空と針葉樹の青々とした山々を背景に心を洗うような清々しさ。聞けばかつてはこの中州に本殿があったとのことです。40分程で熊野本宮に着き、明治に移設された神殿を目指し参道を昇ります。鳥居の横で団子を売っていたおばちゃんに、道の真ん中を歩かないようにと教えられたネコ隊長は、律儀に言いつけを守って道の端を歩いています。本宮大社の神殿は四つありました。一番正面の第三殿が素戔嗚尊(スサノオノミコト)をお祀りする本宮なのですが、私は番号順に一番左の第一殿がそれだと言い張り、あらかじめ参拝順序案内の看板をしっかり見てきた夫にあきれられてしまいました。順序は間違えましたが無事にお参りを済ませ、その後はひたすら車を白浜に向けて走らせました。白浜のホテルについたのはまだ日があるうちでした。日が落ちると昼間の暖かさは吹き飛び、冷たい海風が吹き付け気温が一気に下がってきました。  
 温泉に一人でのんびりつかりながら、明日の旅程に心がはずみます。露天風呂から見上げると、天空には半月が輝いていました。明日はいよいよ海沿いの道をおよそ3時間余りかけて走り、念願の西国三十三カ所第一番札所那智山へ向かいます!

 
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