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物理のかたりべちゃん


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第6話 科学の目的


December 14, 2004

サン=テグジュペリ作「星の王子さま」に次の文章があります。

<長いあいだ、だまって考えていた問題から、質問がうまれたように、王子さまは、だしぬけに、こう、ぼくにききました。『ヒツジは、小さい木をたべるんだったら、花もたべるんだろうね?』>
まだ名前のついていない、見えない世界のある部分のことを長く考える時に科学者が使う言語は「数学」です。そして「質問がうまれる」瞬間には解答は用意されているというのが、これまでかたりべちゃんも何度も経験してきたことです。

数学の世界では、道具として扱う要素(概念)がきっちりと定義されていて、それらの要素の間に成り立つ関係も精密に決められています。そのような「数学的構造」、つまり建築物で言えば設計図に当たるもの自体が数学的な研究の対象として認識されるまでの歴史は大変興味深いものです。これはまた後日の話題として保留しておきます。ところで科学者は「見えない世界」のある部分をモデル化する際に、まずそこから枝葉を切り落とし(捨象化)、本質と思われる部分を視覚化(抽象化)するという作業を準備作業として行います。そして数学の世界から一番ぴったりしていると思われる「数学的構造」を借りてきて具体的な問題(モデル=模型)として設立します。ここまでくればもうその問題は解決されたも同然です。なぜなら<数学というものは一種の「自動作文器械」>だから、と寅彦先生は次のように言っています。

<一つの具体的な問題が設立され、設立されると同時に少なくも理論上には解式は決定されるのであって、学者はただ数学という器械の取っ手をぐるりと回すだけのことである。>

「数学=器械の取っ手」なのです。もちろんこの取っ手はかなり力を入れないと回らないこともたびたびですが。

「自動作文器械」はまた別のいい方で言えば「アルゴリズム(*)」です。つまり一定の順序に並んだ操作の連鎖のことです。小学校で大きな数のわり算をノートに書いて計算しましたね。あれもたくさんの操作の連続でした。「構造」と「アルゴリズム」は現代数学のエッセンスだと言えます。

ぴったりした「数学的構造」が手近に見つからない時は、科学者は抽象的な数学の概念の部屋をおかたづけすることにも研究のかなりの時間を割きます。数学者の仕事はもちろんこれが中心です。けれども「科学の目的」は、単にこの部屋をきちんと整理して、その上で数学語で自然を翻訳することだけではないことも事実です。

寅彦先生は科学と文学を比較検討する『科学と文学』という文章の中で、まず科学の枝葉を次のように切り落とします。

<もっとも普通の世間の人の口にする科学という語の包括する漠然とした概念の中には、たとえばラジオとか飛行機とか紫外線療法とか言うようなものがある。しかしこれらは科学の産み出した生産物であって学そのものとは区別さるべきものであろう。また通俗科学雑誌のページと口絵をにぎわすものの大部分は科学的商品の引き札であったり、科学界の三面記事のごときものである。>
そして、科学が進歩したために人間が不幸になるという事態が起こるのは、<物質科学の方面だけが先駆けをして><人間の心に関する知識の科学的系統化とその応用が進んでいない>ことの結果であるとしています。そして科学と文学の共通の目的として<人生の記録と予言>をあげ、そのひとつの手段は随筆、いわゆるエッセーであると指摘しています。彼は随筆を<筆者の真実、少なくも主観的真実を記録したもの>と位置づけた上で、論理的な論理は必ずしも要求しないが、「非論理的な論理」あるいは「夢の論理」が必須だと言います。
<非論理的論理というのは、今の人間のまだ発見し意識し分析し記述し命名しないところの、人間の思惟の法則を意味する。これを掘り出し認識するのが未来に予想さるる広義の「学」の一つの使命である>

<真実な現象の記録とその分析的研究と系統化が行われて、本当の「学」が進歩すれば、政治でも経済でも人間に有利になるのが当然の帰結であると思われ、また一方芸術的に美しいものであるためには、その中に何かしら、ここでいわゆる「学」への貢献を含むということが必須条件であると思われるのである。>
「人間の思惟の法則を発掘する」という本当の「学」への貢献という目的に一番かなったデザインがすなわち「美」である・・・。科学を「学」としてとことん追求していった結果、寅彦先生は次のように断言します。
<人間霊知の作品としての「学」の一部を成すところの科学はやはり「言葉」でつづられた記録であり、また予言であり、そうしてわれわれのこの世界に普遍的なものでなければならないのである。>
<科学というものは結局は言葉であり文章である。>

また、第3話で触れたドイッチュ博士は科学の真の目的は<説明すること>だと言っていますが、二人は同じことを言っているとかたりべちゃんは思います。

ではごきげんよう!

参考文献
「星の王子さま」 サン=テグジュペリ作、岩波出版

 



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