しかし何よりも私にとって一番の驚きだったことは、今までまったく冬鳥の渡りなど気にとめていなかったのに、彼らは何万年も、いや何億年も前から毎年毎年決まった時期に、同じ道筋をたどって渡りを繰り返していたということだ。気づいてみると、そこに営々と繰り返されている自然の営みが揺るぎないものとして存在しており、それは自分が気にとめようがとめまいが関係なく厳然としてそこにある、そういうことが自然の中にきっと他にもいくらでもあるのだろう。
だがいったんそれに気づいてしまえば、もう秋の夕暮れの空は私にとって今までの空とはまったく違ったものになっている。今、実際にはない大きな矢印が北から南の空に向けて浮かんでいるようにさえ感じられる。たとえてみれば、隠し絵を最初に見たときにはただの点の固まりとしか見えなかったものが、いったんその中に隠された図形を見つけてしまうと、もうその図形を見ずには済まされなくなってしまうことに似ている。
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