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Vol.17 夜空の彗星
正月は人通りもまばらな軽井沢で過ごした。夜間はマイナス16℃にまで気温が下がり、矢ヶ崎公園の池の水はほとんど凍っていた。雪は20センチほど積もり、落葉のためあらわになった人工物を真っ白に覆い隠してくれた。お陰で何とも言えず非日常的でロマンチックな年末年始を迎えることができた。

毎晩夕食にワインを飲みながら息子と私達夫婦の3人で、暖炉の前で夜遅くまでいろいろな話をした。息子が司会者気取りで「それでは学校であった今まで一番面白かった話をしてください。はい、パパ」、というように話題をふるので、そのたびにあれこれと自分らが学生時代に経験したいろいろな笑い話を一生懸命思い出しては話した。
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一方息子も負けずに保育園であった面白い話をたくさんしてくれた。中でも一番可笑しかったのは仲良しの男の子ケンケンの悩みだ。ケンケンはユッチという女の子が大好きなのだ。曰く「あのね、ケンケンはユッチがかわいくてかわいくて、自分の顔を鏡で見るときたなすぎて死にたくなっちゃうって言うんだよ!」これには私達も驚くやら可笑しいやら大笑いしてしまった。「へえ〜そんなにユッチがかわいくって大好きなんだーケンケンは!素敵ね!」と私が言うと、「そうだよ、でもボクのお姫様はトーピンだけどね〜」と鼻をふくらませ、これまた大爆笑となった。トーピンは最近転園してきた女の子だ。

それにしても大好きな女の子の顔と比較して、自分の顔を鏡でのぞき込んでは悲観しているケンケンの心理は実に興味深い。私達大人から見れば、まだ6才のケンケンは色白で細面の十分にきれいな少年なのだ。ユッチが好きなあまり、ある意味彼女を神聖視してしまっているのだろうか?私は以前お客さんのNさんと話していたことを思い出していた。Nさんの友達に詩人がいるそうだ。彼は詩人としては多作ではないが小説をたくさん書いており、そちらの方がかえって評価されて雑誌に載ったりしているらしい。本人曰く詩を愛するあまり、自分の作る詩に納得がいかずなかなか人に発表できない。けれども小説なんぞは屁とも思っていないため、いくらでも書いてじゃんじゃん発表することができると言っているとのこと。

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私も高校2年生の時、宇宙論や天文学にあこがれるあまりそのことを口に出すのも恥ずかしく、それが遠因となってか数学や物理学への興味も友達にはあまり語ることはなかった。当時はそのような「崇高な」学問を志すには、何かその人に特別の「しるし」の様なものが備わっていなければいけないというように漠然と思っていたようだ。その「しるし」は、例えば天才的な数学の才能であるとか人並み以上の洞察力とか、何か同じクラスのだれからも「おおっ!」と思われるような風貌であるとか・・・。

ところで、その頃私の同級生にノンノンという子がいた。ノンノンは色白で小柄でかわいくてまじめでクラスのだれからも好かれる女の子だった。ある日彼女は「私って、テストの点が悪かったとかそういうことで小さい頃からの夢をどんどん捨てちゃってるような気がする。」と沈んだ様子。そして私の目をじっと見つめ、いつものようにまっすぐな声で「将来の夢は?大人になったら何になりたい?」と聞くのだ。この時ばかりは私もいつものように冗談でお茶を濁すことはできず、どぎまぎしながら「天文学者かな?うーんと・・・いつかスペースシャトルに乗るよ!」と答えた。すると彼女はこれ以上ないほどまじめな表情で、「わかった。きっといつかスペースシャトルに乗るって信じているからね。必ずその夢を実現してね。」というのだ。私はその時「彼女に話して良かった!」とほっとしたのを覚えている。彼女は私を友達だと思い、その私の夢ならば何でも心から応援しようとしてくれるような人だった。ケンケンの話を聞いていて突然ありありとこの時の状況を思い出したのだ。 イメージ

あこがれが強すぎるあまり、我が身を振り返ればとても恥ずかしくて自分の外に追い出してしまう夢や希望がある。後日、スペースシャトルの件については飛行士がアメリカ国旗の前で俳優のようにニッコリほほえむ写真を見過ぎたためか、自分の進路としての軌道からは外れてしまった。もっとお金のかからない研究をしよう、と心に誓ったのだ。当時の自分と宇宙論や現代物理学の研究との隔たりはあまりに遠く、その道筋をさえぎる高い山や深い谷を思うと二の足を踏むこともままあった。けれどもどんなに回り道をし脇道に逸れながらでも、顔(目でも耳でも鼻でもよい)だけはそらさずに歩き続けることが何よりも重要と今は思う。

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振り向くと「はなむけ」という言葉に現されるモノ達がこれまでの道程の各所に埋められていたようにも感じることが多い。常にかたちは変わってもノンノンとの約束は今でも私の心の中に生きており、彗星のように周期的に現れてはあたまの中の夜空に光を放つ。


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