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Vol.25 高原便り5「夏の葬送 その2」
 北軽井沢のバス停から、かれこれ40分以上かかって、ようやくマウンテン牧場にたどり着きました。そこは、それまで歩いていた道を、谷ひとつ下ったところに開けた広い畑の真ん中に、赤い屋根の大きな建物と、そのまわりに馬や山羊のいる柵で囲んだ原っぱが配置されたような一帯でした。町内放送用のような大きなスピーカーからは、アメリカのカントリーソングが流れ、こども連れの家族が近くの駐車場に車を停めて、もうたくさん集まっていました。入場料を1人300円払ったあと、ポニー乗馬1回千円、トラクター運転1回800円、うさぎ小屋入場1回300円、などいろいろなアトラクションが用意されています。中には150円で野菜の収穫などというものもありました。

 ネコ隊長(息子)は、山羊にそこらの草をむしって食べさせたり、タイヤにぶら下がってワイヤーすべりをしたり、いろいろと楽しそうでしたが、わたしは屋台の冷えたフライドポテトをかじりながら、何とも寂しい気分でした。夏が死んでいくのに、そんな人工物の真ん中で、何にもすることがないような気がしていたのです。そのうちネコ隊長の方は、壊れかけた自転車がたくさん置いてある芝生の広場で、適当な赤い自転車を見つけて、上手に乗りこなして何度も広場をぐるぐる回っていました。午後の日差しはますます強くなり、湿度も上がって、トンボは湿気をいやがるように地上高く、たくさん群れて飛んでいました。緑の原っぱと、ネコ隊長が楽しそうにこぐ赤い自転車のコントラストが美しく、わたしの気分も少し明るくなってきました。

 帰り道に、浅間山の火山博物館にどうでも寄ると言うので、14:00発のバスに乗るため、また来た道を早足でバス停まで引き返しました。30分ほどかかって、最後は駆け足でようやくバスに乗り込むと、お客さんはわたしたち2人だけで、バスはすぐに出発しました。バス停の砂利敷きの駐車場に、品川ナンバーの緑色のセダンが無人で停めてあり、警察官が2人手袋をはめながら車の中を調べようとしているところでした。

 わたしたち2人は、「事件だ!事件だ!」と言いながら、あれこれとその車の由来を想像して見たのですが、初老の運転手さんはさっぱり興味もないようすで、ただじっと黙ってバスを発車させました。けれども観察眼の鋭いネコ隊長は、その運転手さんがちらちらっと警察官の方に目をやっていたのを見逃しませんでした。風が窓から爽やかに吹き込んできて、すっかり汗だくになった身体にヒンヤリと気持ちが良く感じました。

 10分ほどで峰の茶屋のバス停でバスを降りました。そこで火山博物館の方へ行く西武高原バスに乗り換えるのです。待ち合わせに10分ほどあったので、その日もう3度目に、保冷式の水筒に冷たいお茶を買って移しておきました。そのバス停のすぐ脇に、浅間登山口があり、入り口には登山者に記入を促す、登山者カードを入れた入れ物が設置されていました。わたしが「歩いていこうか?」と気安く提案したのに、やはりネコ隊長は断固として反対したのでした。地図も持っていませんから、その判断はすっかり正しかったのです。(つづく)



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