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Vol.27 高原便り7「ネコ隊長の一大事」
 実はネコ隊長は、先週の北軽井沢経由、火山博物館への強行軍の疲れのためか、3日前の朝から少し具合を悪くしています。この日は雨が降ったり止んだりするあいにくの空模様で、ネコ隊長もますますだるそうな様子なのです。午前中はふとんに入ってじっと寝ているので、わたしはその横で「物理の小話」の原稿をつらつら書いていたのでした。

 そのうち夕方になると晴れてきました。寝るのに飽きてしまったネコ隊長と「散歩にでも行こうか。」と言って家を出て、近くの喫茶店へ向かいます。矢ヶ崎公園で北東の方角を振り返ると、三度山に夕日が射して、山いちめんの木々が一枚一枚の葉の光と影を、くっきりと浮かび上がらせています。「いよいよ秋の夕暮れだ」とわたしは思いました。高原の季節の移り変わりは息を呑むほどのはやさです。
 喫茶店のテラスで、注文がちょうど配膳されたところで、ネコ隊長は突然気分が悪くなり、まったく食べ物に手をつけられずにそのまま帰宅して寝込んでしまいました。こどもの体調の変化も本当にめまぐるしいものです。その夜、真夜中の12時頃に、わたしはひどい腹痛で目が覚めました。隣で寝ているネコ隊長にさわると、まるでお湯が沸かせそうなほど熱いのです。おそらく体温は40℃以上ありそうです。本人もしきりに暑がるし、さわると火のようだし、わたしも心配で胸がドキドキしてきます。午前3時、5時と起きて、麦茶を飲ませたりします。午前7時半にジャガイモとタマネギのおじやをつくって食べさせました。けれどもネコ隊長はほんの2口ほどしか食べられず、また寝てしまいました。

 午前11時に目が覚めたので、近所のK医院へ行くことにしました。K医院では優しい年配の看護婦さんが熱を測ってくれました。39.2℃あります。ネコ隊長が「目が回る。」というと、しきりに「小さいのにねえ。かわいそうに、かわいそうに。」を連発するので、ネコ隊長はややはずかしそうにうつむいています。けれども小声で、「にがい粒のお薬は、ボク絶対に飲まないからね!」とわたしに念を押すのでした。K先生は上品な白髪の初老の医師です。ゆっくり診察してくれた後、「扁桃腺が赤いので、何か炎症が起きていることは確かです。」と診断されました。

 わたしはK先生の自宅の広い芝生の庭から、涼しい風が診察室に吹き込んでくるのが、寝不足の頭に気持ちよく、「そうですか。」と半分上の空で返事をしました。「なにしろひどく暑がるのです。」「それはそうでしょう。この熱ですからね。えーと6才か、薬は・・・」そこでネコ隊長が身体を硬くする気配がしました。「・・・シロップに溶かしてお出しします。念のために解熱剤も、1日2回までなら大丈夫でしょう。薬は4日分、解熱剤は2日分お出しします。おだいじにしてください。」わたしとネコ隊長は目くばせして喜びました。それから先ほどの看護婦さんに、「がんばって早く治してね。」とさらに励まされ、薬をもらい家に戻りました。
 病院から戻ると、ネコ隊長は少しだけおじやの残りを食べてから薬を飲んで寝ました。ところが午後2時頃になると、また熱がぐんぐん上がってくるのです。午後2時30分に1度目の解熱剤を飲ませました。K医師は「カロナール」という比較的作用の穏やかな解熱剤だと説明してくれました。ネコ隊長は布団の中で熱にうなされながらも、律儀に「この薬、けっこうすぐ効くかも・・・」などとつぶやいています。

 午後8時半にまた熱が高くなってきたため、わたしは2度目の解熱剤を飲ませました。しばらくすると夜中だというのに、ネコ隊長は突然寝言で「三度山にいちどに昇るの!?」と大声で困ったように叫びました。わたしが昇らないと答えると、安心したようにそれっきりおとなしく眠りました。前日の夕方、三度山の方を仰ぎ見ているわたしの目が怪しく光るので、ネコ隊長は「また冒険か!」と不安になったのでしょう。

 翌朝6時30分に3度目の解熱剤をのませました。すると今回は、体中から一気に大量の汗が、まるでシャワーを浴びたように出てきます。はじめは汗をかくのが気持ち悪くて、イヤだと言っていたネコ隊長も、わたしが「汗で熱が下がるのだ!」と力説すると、納得した様子でがまんして汗を出しています。15分くらいでシャツがびっしょりになったので、着替えをしてから麦茶を飲み、さらに布団でじっとしていました。午前7時30分、今度は卵入りおじやをつくって朝食にしました。その他に砂糖入りのうすめの紅茶と、桃を1きれです。今度はおわん半分ほどのおじやを、残さずに食べることが出来ました。

 「汗をかくと風邪が治る。」これは、ネコ隊長のおばあちゃんである、わたしの母が昔から言っていたことなのでした。それにしても、はじめの2回の解熱剤ではそれほど汗が出ず、3度目で一気に大量に汗が出たのは何故でしょう?わたしは解熱剤を飲めば、反射的に汗が出るものと踏んでいたのです。「これは何故だ?!夏休みの自由研究の課題にしようか?」とわたしは提案しました。「何故だろう?と思ったら、まずはそのことに関して、詳しい記録をとることから始めるのが、科学の方法なんだよ。でも、『カゼの研究』は、そうそう何度も実験を繰り返すのはいやだねえ。」と言うと、ネコ隊長も笑っています。ようやくネコ隊長に笑顔が戻りました。カゼの回復もかなり本調子のようです。

 その後布団にはいると、さっきと同じくらいの汗が、またぐっしょりと出てくるのでした。そのときは、ネコ隊長は「はやく熱下げたいから、ボク汗かこう。」といって、すすんで布団の中でじっとしています。その後すっかり身体が軽くなったように、自分で起き出して着替えをしているのでした。午前9時頃に熱はほぼ下がり、ネコ隊長は心の底からしみじみとした様子で、「あ〜よかった・・・」と寝ながらつぶやいています。それからおもむろに、イチゴ味のドロップを自分で取りに行ってひとつぶなめたのでした。

後日談:
ネコ隊長の熱は、その後ほぼ12時間おきに熱が40℃まで上がり、2時間ほどで自然に38℃まで下がるということを2日間繰り返しました。それはまるで潮の満ち干のようで、白血球の増産が12時間周期になっているのではないか、とわたしは考えています。そして発病から5日目にようやくそれが1日1度だけになり、6日目には平熱に戻りました。10日目には食欲が平常に戻りましたが、すっかりやせたネコ隊長は日焼けしたこともあり、新学期のはじまりには、まるでインドの行者のような姿で登校することになったのでした。


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