AK Co.

Season'sTips


Back number
Vol.53 熊野古道(2)
February 2010

  次の朝は10時半にホテルを出発しました。
 本来の大辺路は白浜からしばらく山道を行くのですが、私たちは海沿いの国道をずっと走ります。白浜を出て間もなく「道の駅」があり、駐車場に車を止めて浜辺に降りてみることにしました。ウミガメが産卵にくるという穏やかな砂浜でしたが、すぐ目の前は荒々しい外海です。黒々とした太平洋がどこまでも広がり、さらに遠く沖の方には大型タンカーがゆっくり移動して行きます。この日も風もなく穏やかな暖かい日で、陽射しがまぶしく目が開けていられないほどでした。休憩所ではツーリングのバイクを休めて4、5人の男性が和やかに談笑していました。
 ここから日置川を渡りしばらく行くと、後部座席に座っていたネコ隊長が突然大きな叫び声をあげました。「うわぁ?!わわぁ?!!」車は周参見へと近づき、小さな湾を巡ってなんどもカーブする道だったので、私は運転に一心不乱でした。クロネコヤマトのトラックが岬をまわって対向車線を走ってくるのが遠くに見えた瞬間でした。「どうした!?」と夫と私がほぼ同時に叫びました。「くじらだ?!!」なんとネコ隊長はクジラが大きな水しぶきを上げて海面にジャンプしたのを目撃したのです。尾びれは海中にあって見えなかったそうですが、ほぼ半身をもちあげて潮を噴きながらの豪快なジャンプ!夫は「ミンククジラかもしれない。」と言います。「この辺りには今もクジラがくるらしい。」「へぇ?そうなんだ・・・」私は昨日見た童子を即座に却下されたことを思い出して少し不満でしたが、もちろんネコ隊長は大興奮です。「すごいな?!ボク、くじら見ちゃった?!」と大喜びでした。
 しばらくして、「お昼はどこで食べる?」と夫が聞きます。何の計画もしてこなかったのですが、たまたま道ばたに「串本海中公園」の看板を見た私は、「串本で食べよう。」と即座に答えました。しかし串本への道はかなり長かったのです。入り組んだ入り江に沿って細かいカーブが何度も続くため、地図で見るよりもかなり距離があります。だんだんネコ隊長は車酔いのためか無口になり、形のかわった岩礁がたくさん並んでいる海の景色にあまり反応しなくなっていました。しばらくすると居眠りを始めました。
 ようやく串本海中公園入口の看板を見た時はとてもほっとしました。ここには食堂と水族館、海中展望塔などの施設があります。まず食堂に入り食券を買いました。学食のような雰囲気の食堂だったので、おもわず私はカレーを注文してしまいました。私たちが席に着いた直後、大きな観光バスが2台駐車場に入ってきて、そこから中国人観光客の団体が続々と食堂に入ってきました。閑散としていた食堂が一気に活気づき、アルバイトの若い店員たちも張り切って働いています。私たちは団体の一行より一足早く食堂を出て水族館へ行ってみました。たくさんの水槽を眺めて外に出ると、ウミガメを飼育しているプールがありました。ネコ隊長は水族館のスタッフにウミガメの赤ちゃんを2匹手に持たせてもらいました。パタパタと手(というか前びれ)を振りまわすかわいい赤ちゃん亀です。ここにはとても珍しいアルビノのウミガメも2頭飼育されています。その顔を遠くから見ると何となく竜宮城のお使いのようです。さらに海中にある展望塔から海の中を見ることが出来ました。どうやら餌付けされているらしいたくさんの魚たちが集まってきます。鯛やヒラメ(?)の舞いを観てすっかり竜宮城の浦島太郎気分。車酔いもすっかりなおったネコ隊長は、私の一眼レフを独占して写真を撮り続けていました。

  そこから那智山まではさらに約1時間のドライブでした。後部座席で居眠りする二人を尻目に、なんとか夕方までに青岸渡寺へお参りしたい私は一心不乱に車を走らせました。大門坂駐車場から先は車も人もほとんど見かけない山道をひたすら登ります。ようやく那智の滝が行く手に見えてきました。滝を過ぎ、何件かみやげもの屋が並ぶ道沿いに駐車場を探して車を止め、夫とネコ隊長をせかしながら急な石段を駆け上がるようにして登りました。目の前でみやげもの屋は次々に店じまいしていきます。そして午後3時40分、「根本札所西国第一番なちさん霊場」の石碑にようやく3人して息を切らしてたどり着きました。そのあとまたさらに石段を上り、青岸渡寺の本堂にやっとのことたどり着きました!
私の頭の中はお参りより御朱印帳をまず手に入れることでいっぱいでした。西国三十三カ所巡りの御朱印帳を文具店に買いに行くと言って、夫に笑われたのはつい先日のことです。御朱印帳はお寺で売っているはずだという夫の主張に私はまだ半信半疑だったのです。本堂の正面でお守りなどを売っているお店のおばさんが、私の物色するような目を見とがめたのか、「まずはゆっくりお参りなさってください。」とやさしく声をかけてくださったので、「そうだ、そうだ。」とようやく我に返りました。危うくお参りするのを忘れるところでした。本堂にお参りすると御本尊お前立ちの如意輪観音が、右膝を立てて何とも打ち解けた姿で迎えてくださいました。「ようやくここまでこられた〜」と思わず目頭に涙が込み上げてきました。もちろん徒歩で旅した往時の旅人の苦労とは比べ物にはなりませんが、年の瀬の日没間際に駆け込むようにして石段を登りきったあとのお参り達成感は並大抵ではありませんでした!御朱印帳は本堂の中でさっそく1冊買い求め、御朱印もありがたくいただきました。年配のお坊さんがたっぷりとした筆遣いで、日付などを書き込んでくださいました。「御朱印帳買うと朱印料がサービスなんだね。」と夫も何故かうれしそうでした。
 お寺に隣接して那智大社がありました。こちらにお参りすると、白装束の巡礼者が般若心経を唱えており、青岸渡寺の本堂ではちいさな子供連れのお父さんが大きな柏手を「パン!パン!」と叩いており、なんだか楽しい場所でした。神社もお寺も分け隔てがなくてとても和やかな雰囲気なのです。
 すっかり満足した私たちはあたりをしばらく散歩しました。夕暮れ時だというのに、大サギがすぐ近くの木にとまっているのが見えました。川が近いのでしょう。昨日白浜で見上げた半月が今日は熊野の山々の上に明るく光っています。ネコ隊長は写真の腕前をさらに磨こうとあちこちで撮影しています。明日ももう一度ここに来て、今度は那智の滝の傍まで行ってみよう!と3人の意見がまとまりました。さすがに長時間のドライブですこし頭がクラクラしていたのですが、またすっかり元気が出てきました。そしてふと、熊野への旅を最初に思い立ったのが、ややもすると数ヶ月も続くこともある原因不明の目眩が始まった頃だったのを思い出しました。長時間ドライブしたのに今日は目眩が再発しなくて本当によかった、と感謝しながら山を降る帰り道を、今度はのんびり運転して宿へと向かいました。

 
▲ このページのトップへ


home

禁無断転載・リンクフリー (c) AK Co. All Rights Reserved.


home