週末、博多に出張したパパがお土産に買って来てくれた、”あられクランチチョコ”を食べているとき、何やら左の奥歯に違和感を感じました。その後2日ほど経ってから気づいたのですが、なんと10年前まだネコ隊長が産まれたばかりの頃、突然「オヤシラズ」が生えだして、それを近所の歯科医院で抜いてもらった時に、すぐ手前の歯にあった虫歯も治療してもらったのですが、いつのまにかその詰め物がとれてしまったのです。
そのことに気づいてからというもの、左の奥歯に突然できた空隙がとっても気になりだし、気づくと常に舌でその部分をさわっています。うっかりすると舌に傷がついて口内炎になりかねません。一部分欠けてしまった奥歯を無意識になめ続けていてふと気づいたことは、これって私の「物理のかたりべちゃん」に対する態度と一緒だ!ということでした。
「物理のかたりべちゃん」は、2004年の12月から2007年12月までのあいだに書き綴った、私的な読書ノートおよび感想文のようなものです。現在のところ第1話から34話まであります。この文章が生まれる背景には私の2001年から2004年まで続いた、ほとんど鬱病のような時期が重なっています。大学の常勤職のポストをつかもうと、生後2ヶ月からネコ隊長を保育園に預けながら、とある研究所で博士研究員という立場で研究を続けていた私は、何とか面接までこぎつけた就職先に最終段階で結局フラれ、その失望からウツのどん底状態に落ち込んでしまっていました。その頃、まだ2歳だったネコ隊長を連れて、パパの友人の結婚式に出席するために沖縄へ行く機会がありました。その旅行から帰宅したその晩に、私は発作的にテレビの電源ケーブルをハサミで切ってショートさせるという暴挙に出たのです。パパは心底驚いたらしく、「明日すぐに精神科に診てもらえ〜!」と叫びました。しばらく前に九州で起きた、少年犯罪に関するドキュメンタリー番組を観ていた最中でした。
初めて訪れた精神科の医師は、「おそらく軽い鬱病でしょう」と言って、精神安定剤と睡眠薬を処方してくれました。私よりもその医師の方が疲れているような印象を受け、気の毒になったのを覚えています。けれども、あとから振り返ると、このときテレビを壊したのは実に正解でした!おかげでこの年9月に世界貿易センタービルへのテロ攻撃で、多くの人が命を落とすショッキングなニュースの映像を私たち家族はいっさい見ずにすんだからです。
それはともかくとして、それからまるまる3年以上続く、不眠や抑鬱感、じんましんや目眩など、ありとあらゆる身体の変調から、ようやく脱出できたのは、「物理のかたりベちゃん」を書くように勧めてくれた美登里さん(仮名)の励ましのおかげです。彼女と初めて会ったのは自由が丘です。私たちは2人ともこの町に縁があり、2週間に一度はあちこちのレストランやカフェで落ち合っては、お互いの好きなことをあれこれ話すようになりました。そして、自分が本当に好きなことをとことん納得するまで追求しよう!というのが、いつも私たちの合い言葉でした。
物理の研究者として常勤職につく、という漠然とした希望以外に、「自分の本当に好きなこと」を思い出せなくなってしまっていた当時の私には、彼女との会話は自分がもの心つく頃から抱いていた「科学」への興味や好奇心を、もういちど手元に引き寄せる良い機会になったのです。美登里さんの質問は主に「科学者ってどんなひと?」とか、身近なことがらについて「それって物理?」ということを確かめるというものでした。彼女の質問に答えようとしつつも、ついつい自分の興味本位で大きく横道に逸れてしまい、ウツで外出できなかったり、人と会うのがおっくうに感じる時期に集中的に様々な本を読んで、自分なりに「科学」への愛を再燃させる薪として働いたのが「物理のかたりベちゃん」を書くことでした。
最近も原稿を読み直してみたのですが、当時美登里さんに何度も指摘されていた通り、とてもじゃないけどこれは誰も読まないだろう!という文章です。そこで少し加筆して何とか体裁を整えてみようと再び取り組んでみたのですが、これがものすごいストレスになるのです。まぶたのけいれんが始まり、なにかトラウマでもあるかのようにどうしてもそれがとまらない。たまりかねてやはり今回も「かたりべちゃん」校正作業は中止することにしました。
鬱病から脱するための治療として書きはじめたものですから、100%自分のためだけに書かれていて、人に読ませられるものではないことだけは確かです。いわば穴から抜け出だすために使った梯子のようなもので、役目を終えた今となってはすでにいらないものだ、と自分自身で納得することにしました。ウツの症状はその後も年に1〜2回は出ており、いわゆる木の芽時と言われる4月から6月上旬はとてもヤバい時期です。先日も1年ぶりであった友人と、「更年期の前後によくあることよね。」などとお互いの近況を語り傷をなめあいました。彼女も家出をするたびに2人の子供たちが玄関で手を振りながら、「おみやげ買って来てね〜」と言ってくれるようになったほど、職場や家庭でさまざまなストレスと戦い続けているひとです。私の場合は家出を企てる代わりに、かたりべちゃんの文章を引っ張りだしては、鬱々と校正を試み、また挫折するということを、もうここ3年も繰り返しています。まるで、かつてフラれた男にいつまでも未練を持ち続けている女みたいです〜!
ことしは4月から始まったそんな時期を、鎌倉や江ノ島への遠足、および掃除機の買い替えとiPadの予約でようやく乗りこえられました。ただしその間2回ほどお酒で記憶が飛びました。薬物に頼るのは実に危険です。来年もまたあちこち徘徊しながら、なんとかウツの季節をのりこえられるといいなあ、と強く願っています。