秋も深まり、ベランダでカネタタキの声を聞く。
カネタタキはコオロギよりずっと体が小さいのであまり目立たない秋の虫である。
鳴き声はどちらかというと金属的である。電子音に似ていなくもない。
その後しばらくすると、部屋の中でカネタタキが鳴いている。
窓を閉め切っていても声がするので気づいたのだ。
どうして部屋に入ったのだろう?と不思議に思ったが、ふと思い出したことは、
先日はじめてカネタタキがベランダで鳴くのを聞いたとき、
「あれカネタタキだよ。」
と私が言うと、息子が
「カネタタキって?何?」
と知らない様子だったのでGoogle検索してみたのだ。
するとカネタタキの写真のみか鳴き声まで聞けるサイトを見つけた。
それでそのネット上の音声を再生したところ、明らかにベランダのカネタタキがそれに反応した。
「あ、仲間がいるのと勘違いしちゃったね!」
と二人で笑ったが、カネタタキはそれからずっと真剣に仲間のいるところへ行こうとしていたのでは?
その数日後からカネタタキ君は部屋のどこかで鳴くようになったのだ。
一昨夜もカネタタキ君は部屋のどこかで鳴いている。
残念ながら、だれもカネタタキ君に答えてくれるものはいない。
私たちの声がするとすぐにだまってしまうのだ。
「気の毒になあ。カネタタキ君、ここで鳴いてもだれも仲間が見つからないよ。」
と私が言い、息子は
「なんか気持ち悪いよ。」
といってカネタタキ君の所在をあちこち探している。
一度も姿を見たことがないので、ゴキブリかなにかのような生物を想像しているらしい。
カネタタキ君の電子的な鳴き声は、音の位置がとても特定しにくい。
しかも足音が近づくと当然のことながら黙り込んでしまう。
2晩続けて探したが、どうしてもカネタタキ君の居場所をつきとめることはできなかった。
今朝5時半すぎ、息子の枕元で目覚ましがなったときに、あろうことかカネタタキ君は一緒に鳴き出した。
そのあと私の携帯のアラームも鳴りだしたが、これにはカネタタキ君は明らかに同調して鳴いている。
そのアラームは一定の間隔をおいてリズミカルに鳴るので、たしかに虫の鳴き方に似ていなくもない。
それにしても、アラーム音に同調するとはよほど寂しいのだろう。
「カネタタキ君、携帯が仲間だと勘違いしてるね。」
と笑いながら起きだす私。
カネタタキ君は沈黙する。
なんだかウォーリーの映画のようである。
ところがその直後、私がうっかりSECOMしたままで窓を開けたところ、例の「ブー〜〜〜!!」という大きな警報音が鳴りだした。
慌ててSECOMを解除しに走っていくと、SECOMの操作板の下から、まさに話題のカネタタキ君がびっくりして飛び出した。
「わあっ!カネタタキ君!」
リビングに布団を敷いて寝ている息子も慌てて飛び起きてカネタタキ君を目撃!
それは大きさ約1cmほどの、触覚だけやたらにりっぱな虫だった。
「ちょっと!捕まえてよ!」
と叫ぶ息子。
「まてまて!」
私は柔らかい筆の先にカネタタキ君をのせようと誘ってみたのだが、
カネタタキ君は脇目も振らずにどこかに隠れてしまった。
「SECOMの下があったかいから、ここにいたんだね〜」
カネタタキ君には気の毒だが、私はなんだか家族が増えたようで楽しくなる。
カネタタキ君、驚かせてしまったけど今夜も鳴いてくれるかな?
その時は携帯のアラームを一緒に歌わせてあげようと思う。