今度の土曜日午前11:20成田発のJL008便でボストンに行きます。
今度の旅は私にとって20年ぶりのアメリカ本土、しかも息子との二人旅です。
去年の今頃、携帯電話の使い方をめぐっての世代間闘争から始まった息子の本格的な反抗期は、まだまだ出口を模索中といったところです。まさかこのタイミングで、息子と二人旅をすることになるとは思っても見ませんでした。ところが息子の強い希望で、マサチューセッツ州ボストン市にある音楽学校が開催する夏期講座に私が通訳として同伴することになりました。期間は1週間です。
私も中学2年の4月から、父の在外研究につきあって9ヶ月間米国ウイスコンシン州マジソン市で生活し、その後3ヶ月間をヨーロッパのホテルを点々として過ごしたことがあります。出発前は学校の友人たちと離れるのがいやでいやでしょうがなかったのですが、今ではその一年が、自分の人生の中で大きなターニングポイントとなる重要な経験だったと思っています。それで、息子も一度は海外に出て日本を外から見てみる機会があるといいな、とは願っていましたが、まだまだ先、高校生になってからでいいだろう、と高をくくっていたのです。
そうこうしているうち、息子は音楽家として生きていきたいという意志を徐々に深めており、しかもアメリカで音楽の修行をしたいという希望をふくらませていました。一方、息子の通う中学では、すでに1年生の頃から予備校に通うクラスメートもめずらしくなく、もっぱら大学受験対策を中心とした授業方針への違和感からか、授業に身が入らず、やたらに音楽部の部活に熱中し、やみくもに暗中模索している様子。今年初めに「モヒカン」という髪型にしてからは、毎月床屋に行くたび担任の先生から注意のお電話がくる、という状況です。それでも一度も学校に行きたくないとは言わないし、皆勤賞も2年間連続でもらっているのは、親として実に幸運なことだ、と夫と常々話しているのですが。
今年の3月、ピアノの先生が袋小路に入ってしまったような息子の様子を心配して、
「早いうちにいちどアメリカの現場を見てきた方がいいですよ!宙ぶらりんの1年は長すぎます。」
とアドバイスして下さったのをきっかけに、私もようやく息子の希望にまじめに耳を傾けてみました。すると高校卒業後は、ボストンにある音楽学校に進学したいと真剣に考えている様子。まだ3年以上先の話ですが、今年の夏に高校生以上の年令の人を対象に開かれる夏期講座に申し込みしてみようか?ということになりました。事務局に連絡をとってみたところ、音楽学校からも参加を許可されたので、中学を1週間休んで参加することにしました。参加者はアメリカの高校生ばかりでなく、世界中から様々な年齢の人が150人ほど集まるようです。
そんなふうに3月まではとんとん拍子に話が進んでいたのですが、4月に入ってボストン・マラソン大会でテロがあり、亡くなったり大けがをした人がたくさん出ました。さらに息子の小学校時代からの親友が、5年間の闘病の後帰天するという悲しい出来事がありました。しかもその盛大な送別ミサの3日後に義母が亡くなりまたまた葬儀。息子にとっては火葬場までの見送りはこれが初めての経験でした。この一週間でテロと親しい人の葬儀が重なったことで、息子は下痢が何日間か続き、私は例年の躁鬱病の発作がやや強く出て、典型的な5月病のような状態が1ヶ月ちかく続きました。それでも6月に入りボストン行きが近づいてくるにしたがい、徐々に二人とも元気になり、前向きになってきました。
いよいよ出発1週間前というとき、「5月病の時にボストンに行けてほんとうによかった。」と息子が言うので、彼もやはりしんどかったのか、と改めて気づきました。「5月病だったの?」と聞くと、「うん。何にもやる気が出なくてだる〜い時があった。」とのこと。いつもながら自分のことにのみ気を取られていたので全然気づきませんでした。
それにしても、自分の未来の希望に向かって助走をはじめた息子を毎日見ていると、腸がよじれるようなうらやましさを感じるのです。人生のあれこれの時点で、もしも別の選択をしていたら、私は今どんなふうに生きていたんだろう??ここ何ヶ月、何度も心の中で、あるいは口に出して自問自答していました。お風呂では、レ・ミゼラブルのフォンティーヌが歌う「夢破れて(I dreamed a dream)」を熱唱していました。(ちなみに息子はジャベールが歌う「星よ」を熱唱していました。ご近所の皆さんうるさくてごめんなさい。)
息子に「ママは本格的に『夢破れ』ちゃってるもんね〜」とからかわれてむっとして、「でも私は家事が結構できるから、誰かの役には立った!」ととっさに怒って言い返したこともありました。その話を友人にしたところ、「息子に、『君に会えたから私は満足よ。』とすなおに言えたら、それが子離れ完了のサインだよ。」と言われ、なるほどなと苦笑してしまいました。
一つだった細胞が二つに分裂して、お互いの細胞壁をあたらしく形成している最中、というのが、今の状況をぴったりあらわしていると思いますが、またアメリカでも売り言葉に買い言葉でたくさん喧嘩しながら、お互いに少し成長して帰ってこられたらいいな、と楽しみにしています。