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物理のかたりべちゃん


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第10話 生命の理論


December 18, 2004

かたりべちゃんが今朝見た夢の話です。友人の家に遊びに行き食事をしていると、彼の妻の姉の夫という男性(40代)がその家の屋上から飛び降りようとしているのです。理由はその人の妻が夕飯のおかずをつくってくれないから、というのです。かたりべちゃんは家の前の路上に出て、屋上を見上げながら激怒してこう叫びました。
「おかずがつくってもらえないくらいで自殺しようとするとはDNAに対して不遜だと思わないのかー!!いったいDNAは何億年かかってあなたをつくったと思っているんだ!それなのにそのDNAの乗り物である自分の身体をあなたは自分の勝手で奪うのか!」
ここまで大声で怒鳴ったところで、怒りのあまり目が覚めてしまいました。

はたしてこの説得であの男性が自殺を思いとどまったのかは、目が覚めてしまったため確認できませんでした。無性に腹を立て目覚めたあと再び考え直したのですが、趣旨はともかく言葉を相当にみがかないと、彼はやはり自殺を遂行してしまうだろうな、と。

さてガリレオ・ガリレイがはじめて提唱した科学的認識論は、人間は知性=理性の力で宇宙という大きな絵巻物の解読が可能であるというものでした。一方そこから始まった現代物理学は、まずは宇宙が「どうあるのか」を解明しようとする長い旅を続けてきましたが、その出発点で「なぜ」宇宙がそうあるのかという疑問は置き去りにしてきてしまいました。この大切な「問い」はようやく1980年代になって超ひも理論、あるいはM理論というかたちで再び物理学の中に戻ってきたのです。けれども生物学においては、チャールズ・ダーウィンの進化論と共にそれより1世紀以上早く取り戻されていたのです。

この状況をすばらしい筆さばきで描き出してくれる人がオックスフォード大の生物学者リチャード・ドーキンスです。彼の著書はたくさんありますが、そのどれもが一貫したテーマにしていることは現代生物学の状況を、科学者だけでなく現代に生きるわたしたちすべてに説明することです。現代生物学が研究の対象にしていることとはまさに「生命の理論(意味)」だとかたりべちゃんは思います。

ダーウィンの進化論からうまれてきた生命理論の方程式は次のようなものです。「生命の目的はDNAというバトンを次の世代に渡すことであり、多種多様な生命の形態の1つである固体とは、バクテリアからヒトに至るまで単にDNAの乗り物に過ぎない。」ドーキンス氏の言葉を引けば、

<象のDNAとウィルスのDNAには、いずれも「私をコピーせよ」というプログラムが組み込まれている---それらの違いは、一方がほとんど異様に大きなまわり道をしているということである---「象の体を作った後に私をコピーせよ」というように。>
この方程式から導かれる様々な予測をふるいにかけるのが現代生物学の研究そのものといってもよいのではないでしょうか。

さらにかたりべちゃんは、ここでの「ブレイク・フリー」は第9話で触れたカントルの集合論による「無限の分類」という数学的構造の拡張とつながりをもっているように思います。ドーキンスの『遺伝子の川』から引用します。

<私のこれまでの著書はすべて、ひたすらダーウィンの原理が持つ無限といえるほどの力---原始の自己複製の結果が発現するだけの時間があればいつ、どこでも放出される力---を探求して、くわしく説明しようとするものだった。>
<この本の表題で言う「川」はDNAの川であり、空間ではなく時間を流れる。それは骨や組織の川ではなく情報の川である。>
そして<遺伝子の川はデジタル・リバー>であり、デジタルであったからこそ1000万世代でも正確で劣化のないコピーが可能であった。
<デジタルな遺伝システムのみが、地質学的な永劫の時間を超えてダーウィン主義を持ちこたえさせることができる>
ダーウィン主義においてはランダムネスはさして重要な構成要素ではないのです・・・。
<いまやDNAの川の流れの数は、おそらく3000万にのぼるだろう。なぜなら、地球上の生物の種がそれくらいだと推定されるからである。しかも現存する種はかつて生存した種の約1パーセントと推定されている。そうだとすると、DNAの川には総計ざっと30億の流れがあったことになる。>

このような永劫の地質学的な時間の流れと30億におよぶDNAの川の空間的配置が併存する状況を思い浮かべることは、かなり「ブレイク・フリー」な体験だとかたりべちゃんは思うのです。

最後に夢の後始末として、『ダグラス・アダムズへの頌徳の辞』にドーキンスが引用したダグラスの言葉を引用しておきます。

<世界は、極端に混沌とした複雑さと豊かさと奇妙さをもつもので、絶対的に畏怖の念を引き起こすものです。私の言いたいのは、そのような複雑さが、そのような単純なものから生まれてくるだけでなく、おそらくは、まったく何もないところから生まれてくることができるという考えは、実に途方もなく驚異的であるということです。そして、そういうことがどうして起こりえたかについて、うっすらとした感触でも得ることができさえすれば、それだけで、すばらしいことです。そして・・・あなたが、そうした宇宙で、70年から80年の人生を過ごす機会は、私に関するかぎり、有効に費やせる時間です。>

「おそらくは、まったく何もないところから生まれてくる・・・。」それがどのようにして起こるのかを明らかにしようとするのは、量子宇宙論という現代物理学の一分野です。ではごきげんよう!

参考文献
「スーパーシンメトリー 超対称性の世界」、ゴードン・ケイン著、紀伊國屋書店(2001)
「利己的な遺伝子」、リチャード・ドーキンス著、紀伊國屋書店(1991)
「盲目の時計職人---自然淘汰は偶然か?」、リチャード・ドーキンス著、早川書房(2004)
「遺伝子の川(サイエンス・マスターズ1)」、リチャード・ドーキンス著、草思社(1995)
「虹の解体」、リチャード・ドーキンス著、早川書房(2001)
「悪魔に使える牧師---なぜ科学は「神」を必要としないのか」、リチャード・ドーキンス著、早川書房(2004)



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