第13話 脳についてのメモ
January 17, 2005
みなさんこんにちは!物理のかたりべちゃんです。今年もよろしくお願いします。
さて、かたりべちゃんはこのお正月、池谷裕二さんという研究者が慶應義塾ニューヨーク学院高等部で行った脳科学講義録を、朝日出版社『進化しすぎた脳』という本で読みました。講義の対象が高校生のため、とてもやさしい語り口で幅広い脳の不思議な振る舞いや、現在の脳科学研究の最前線で問題になっている事柄などを興味深く教えてくれています。
かたりべちゃんがこの本の中で特に興味を持ったことは、「意識」と「無意識」に関しての議論です。第2章「人間は脳の解釈から逃れられない」で池谷さんはまず「意識」の定義をしています。そのひとつ目は「表現を選択できること」。例えば心臓を動かすのは無意識の働きで、止めようとしても止められない。呼吸は中間的で一時的に止めておくこともできるが、ずっと止めておくことは苦しくて不可能。ところで感情は?これは専門用語でクオリア(覚醒感覚)と呼ばれるそうです。(かたりべちゃんもこの言葉かっこいいなあと思い、ちょっと使ってみました。)これもリンゴが甘酸っぱいとかつねられたら痛いなど選択不可能。物を「見る」ことに関しても、人間が進化させてきた目の働きに合わせて脳が情報を解釈し、足りない部分は脳が補うという構造になっていて、ほとんど完全に無意識に行われる一連の働きである、等々・・・。意外とこの一つ目の定義にあてはまらないものが多いことに気付かされます。
「意識」の定義二つ目は、短期記憶(ワーキングメモリ)が働くこと。これは例えば「ミカン」と聞いて「カ」の前に「ミ」があったことを記憶していなければ「ミカン」という言葉の理解にならないということからわかるように、ほんの少し前のことを覚えておく働きです。そして三つ目は長期記憶(可塑性)を用いること。可塑性というのはねんどのように外から力を加えてそれを取り去った後も変形が残るような性質のことです。つまり過去の経験が何らかの形で脳を変形させてそれが長期記憶として蓄えられているのですね。この長期記憶の積み重ねが言ってみれば「経験」というわけですから、わたしたちはこれを自分の意識的行動の表現方を選ぶ際の判断材料としているということです。
これら二つの「意識」の定義を見ると、それが人間に特有の「言葉」に深く関連していることに気付きます。そしてパターン認識の能力や抽象的な概念などもまさに「言葉」の上に成り立つ物ですよね。「意識」の出番は意外と少ないのですが、人間に特徴的な「こころ」や「理性」のカギを握っているのですね。
このように「意識」を定義した上で池谷さんは人間の最も原始的なクオリアである「恐怖」について語ります。「恐怖」という感情を産み出すのは脳の進化の古い部分に属する「扁桃体」という場所。動物は生死に関わるこの感情を最も早くに進化させてきたのです。
<重要なことはここからなんだけど、扁桃体が活動していれば危険を回避できる。でも、扁桃体の活動には「こわい」という感情はどこにも入っていない。扁桃体そのものには感情はない。クオリアはここには存在しない。クオリアはこれとは別の脳の経路で生まれるんだ。つまり、扁桃体が活動して、その情報が大脳皮質に送られると、そこではじめて「こわい」という感情が生まれるわけだ>
かたりべちゃんも山の中で蛇を見た時「ぎゃあ!」と叫んで一瞬で10mほど飛び退いたことがあります。このときかたりべちゃんの扁桃体は「退避!」の信号を強烈に発信したはず。でもそれが「こわい」ことだという回路は別系統によって大脳皮質につながる。かたりべちゃん自身は蛇にかつて何か悪さをされた記憶はないのですが、この退避信号は無視できなかった。その時は反射的に逃げてしまったのでかえって怖くなったように思うのです。
ところがこれと反対の記憶もあります。かたりべちゃんがはじめてあるヒキガエルと心の友達になれた、と感じた事件です。雨の降る夜、真っ暗な道でそのヒキガエルに出会った。はじめ「こわい」と感じたのでいつもの退避信号が出ていたはずなのですが、何故かこの時ばかりは別の経路でストップがかかりしばらく立ち止まって見たのです。ヒキガエルは晩秋のつめたい雨の中、やや空の方を見上げてじっとしていました。そのとき突然かたりべちゃんは春までの永い眠りに入る直前に地上に別れを告げている彼の心と同調したような気持ちがしたのです。彼(彼女?)と別れて家へ帰る途中胸の中にしみじみとした思いがこみ上げていたのを覚えています。その後引っ越してしまい、彼には再会していませんが、あのヒキガエルはかたりべちゃんにとって特別のヒキガエルです。これは親友を思う気持ちですよね。
話は変わりますが、地震の予知について。かたりべちゃんの友人に阪神大震災を大阪で経験し「こわい」回路をかなり強化したと思われる人がいます。彼女は最近何度も「退避!」信号を感じているそうなのですが、その信号がどこから来るのかとても不思議だ、と言います。おそらく扁桃体にその秘密があるのでしょうね。
参考文献
「進化しすぎた脳 中高生と語る[大脳生理学]の最前線」、池谷裕二著、朝日出版社(2004)
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