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物理のかたりべちゃん


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第32話 世間の本体


July 12, 2007(加筆訂正Feb 7, 2008)


-----「世間の本体」あるいは「意識」についての覚え書き

「世間の本体」は、人間の概念が編んだ網、あるいはクモの巣のような、物質とは異なる性質を持つ構造物である。 (成功した音楽、たとえば『アンダー・プレッシャー』(D.ボウイ&フレディ)は、この網の外の世界を予感させる。)

この網、またはクモの巣は幻や夢ではなく、たとえば傷つけると血を流す。この血は実際には自分自身の血と異ならない。つまり、この網は生命を持っている。

この網、またはクモの巣は自己増殖する「精神」を原料としている。あるいは「精神」は、その編み棒またはクモ自身かもしれない。自己増殖あるいは成長が「精神」の唯一の目的である。この、目的を持たない「精神」は「アルゴリズム」とも呼ばれる。

この網を実際には存在しないもの、あるいは我々の夢だと思いこもうとする人間が多数いて、それぞれが隅の方に隠れて自己慰安にふけっている。これは病の兆候である。

創造性の豊かな人々は、この網を材料として、カゴや提灯のような手工芸品または人工物を造形しようとする。そのような人々の業績は、いわばこの生命を持つ網の中に発生した潰瘍またはポリープのようなものだ。それらが古くなり、網の中での栄養補給が停止するとき、腐って枯れ落ちあとには何も残さない。せいぜいうまくいっても、網の補強材として吸収される。ただし、これはあくまでも偶然に左右される。

あるいは成功した音楽に浮かれ、あるいは啓示を受けたと勘違いして、この網の外に逃れる方法が網の中に存在すると、昔から様々な神秘家や秘教家が説き続けてきたし、今も説かれつつある。 しかしそれらはすべて、あるいはほとんどの場合、自分で網の上にこしらえた潰瘍またはポリープを拡大して観ているに過ぎない。 その意味でそれらの秘教家たちは、自分らの目の焦点を遠ざけたり、近づけたりする技術だけは少なくとも持っているように思われる。あるいは、生まれながらにして超近視または超遠視だったのかもしれない。

この網の中にあって、心が悩み苦しむというのはどういうことか。

より大きい真理らしさを持つ「真理」を探究することが、父や祖父や曾祖父らの大切にしていた「真理」を壊してしまうと思い込んで、その思い込みに恐怖感を持つ。恐怖感は最も人を饒舌にする。心の饒舌は「悩み」であり「苦しみ」である。

「真理の探究」を、目的を持たない「視座の拡大」ととらえ直せばよい。後から振り返ったときに生き延びた視座にとっては、確かにそれが「真理の探究」だったわけだから。そうすれば世間の本体=意識は幸福感を保ち続けられるのだ。



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