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物理のかたりべちゃん


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第4話 日本人の自然観


December 14, 2004

かたりべちゃんはよく病気をします。ある日突然目が回って止まらなくなったり、謎のじんましんが何日も続けてでたりすることもあります。謎というのは、特別何か食べ物にあたったというような理由が見あたらないという意味です。つい最近はリンゴ病までもらってしまいました。そういうときにとても心強い見方になってくれるのが近所の漢方薬局のN先生です。

かたりべちゃんの病気は、大抵が頭に気が上るのが原因で、これを「上気する」というそうなのですが、ここの漢方薬は即効性がありたいてい一週間以内には症状が改善します。ある日N先生とたまたま物理の研究の話になりました。彼はこころと身体の問題をいろいろな分野で深く探求している人で、ちょっとした会話からかたりべちゃんも時々ヒントをもらうのです。その日は「見えない世界」の話でした。

たとえば脳のはたらきについて考えてみると、意識していることと、無意識のレベルで脳が処理していることの全体が一つのものであり、実は後者のほうがより重要ではないか。知識や認識の対象は決して目に見えるものだけではないということを話し合いました。その頃かたりべちゃんは認識論をまだ深く理解していなかったので、目に(?)見えない世界の「何が」物理的研究の対象になるの??と、とても疑問に思っていました。その時の会話で先生はさらに「日本人の自然観」に学ばなければいけないとも語っていて、かたりべちゃんはそれに対しては深い印象を受けたのでした。その会話がきっかけになって、寺田寅彦の随筆集を読むことになったのです。

その後、「見えない世界」=「ことばが与えられていない世界」の何を物理的研究の対象にするかというこの問いは、そのようなものすべてをどのような「問い」にして問うかというこだまになって返ってきました。これはかたりべちゃんにとって科学的認識論をとらえ直すためのよい問いかけでした。

寺田寅彦は明治から昭和期の物理学者で、東京帝国大学教授をへてその後地震研究所で地震予防と防災の研究を進めた人です。一方で優れた俳人・随筆家でもありました。彼の「俳諧の本質的概論」を読むと、彼が科学者であり同時に芭蕉の俳諧の優れた理解者だったことが良くわかります。

「日本人の自然観」という論文で彼は、まず日本の自然の多様性と活動性について述べています。

<そうした温帯の中でも日本はまた他の国と比べていろいろな特異性を持っている。そのおもな原因は日本が大陸の周縁であると同時にまた環海の島嶼であるという事実に帰することができる>

<日本の気候には大陸的な要素と海洋的な要素が複雑に交錯しており、また時間的にも、周期的季節的循環のほかに不規則で急激活発な交代が見られる。すなわち「天気」が多様でありその変化が頻繁である。>

<日本の島環の成因についてはいろいろの学説がある。しかし日本の土地が言わば大陸の辺縁のもみ砕かれた破片であることには疑いないようである。>

<このような地質的多様性はそれを生じた地殻運動のためにも、また地質の相違による二次的原因からも、きわめて複雑な地形の分布、水陸の交錯を生み出した>

さらに加えて、台風や、地震、津波、火山の爆発などの自然災害に見舞われやすいという特徴をあげ、
<複雑な環境の変化に適応せんとする不断の意識的ないし無意識的努力はその環境に対する観察の精微と敏捷を招致し要請するわけである>

と述べています。このような自然環境の中では、分析科学は発展しなかったかわりに、
<何よりも明瞭に、日本の自然、日本人の自然観、あるいは日本の自然と人とを引きくるめた一つの全機的な有機体の諸現象を要約し、またそれを支配する諸法則を記録したと見られるものは日本の文学や諸芸術であろう。>

と述べています。「日本人の自然観」はまず短歌・俳句などに代表されるによって最大限に記録され暗示されてきたのですね。

次回はさらに寅彦先生の「芭蕉論」についてご紹介したいと思います。ではごきげんよう!

参考文献
「寺田寅彦随筆集(全5冊)」、小宮豊隆編、岩波文庫



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