第3話 ブレイク・フリー
December 14, 2004
かたりべちゃんは物理の小径を歩きながら、クイーンの「ブレイク・フリー(自由への旅立ち)」という曲をしょっちゅう口ずさんでいます。この曲はグレイテスト・ヒッツVol.IIの5曲目に収録されていますので一度聴いてみて下さいね。最初のフレーズを引用します。
I want to break free / I want to break free / I want
to break free from your lies / You're so self satisfied I don't
need you / I've got to break free / God knows, God knows I want
to break free
かたりべちゃんの脳にこの曲はよく効きます。実に自己中心的な理性=知性は、「先入観」や「偏見」という姿でしょっちゅうわたしたちを欺きます。かたりべちゃんはそういう状態を「脳のぐるぐる回り」と呼びます。これは脳が自分自身を満足させるために、自然を置き去りにして走っていってしまっている状況と言ってもよいでしょう。かたりべちゃんはどちらかというと自然児なので、このようなときは必ず病気になります。そして上記のフレーズでGod=自然と置き換えればかたりべちゃんの気持ちは言い尽くされていると言っても良いでしょう。かたりべちゃんをしばしば欺くのは、自分の脳に巣くうミーム(自己複製子)や先入観ですが、それを打ち破る(break
free)のもやはり脳の働きである理性=想像力だということは、生命進化の最大の謎だと思います。ちなみにミームに関してはAK
Co. コラムvol.9「冬のソナタ現象」でもふれていますので参考にして下さいね。
ところで科学の研究で一番大事なのは、どんな問題をどんな形で問うかです。タイムトラベルの可能性を議論しているエッセイで、ケンブリッジ大学の宇宙物理学者スティーヴン・W・ホーキング博士は次のように述べています。
<科学では、問題の正しい定式化を見つけることがしばしばそれを解くためのキーになる。>
ブレイク・フリーはこのような<よい質問>が心に浮かぶと同時に起きると言っても過言ではないでしょう。
ガリレオ・ガリレイは17世紀イタリアの物理学者です。最初の現代物理学者という人もいます。彼の言葉<自然の書物は数学的な記号で書かれている>は、現代物理学のつぼをひとことで言い表しています。<数学的な記号>の意味については後日の話題として保留しておきます。さて当時は地球が宇宙の中心で、太陽を含めすべての星は地球を中心とした球の上を動いているとする天動説がカトリック教会公認の世界観でした。ガリレオは自分でつくった望遠鏡を用いて天体を研究した結果、地動説(太陽中心説)を主張しました。これはもちろん天動説に真っ向から対立するもので、地球は太陽の周りを回る軌道の上を動いており、さらには地軸を中心に自転もしているというものでした。感覚的には誰も地球が動いていることは理解できませんから、この説はわたしたちの先入観を根本的に打ち破るものです。彼は1633年、異端審問所というところで宗教裁判にかけられてしまいます。そして拷問の威嚇のもと、地動説を撤回することを誓わされたのでした。さらにそれにもかかわらず有罪判決を受け、余生を自宅軟禁状態で過ごさなくてはならなかったそうです。
オックスフォード大学量子計算研究センターで量子コンピューターの研究をしているデイヴィッド・ドイッチュ博士という物理学者がいます。彼の著書「世界の究極理論は存在するか---多宇宙論から見た生命、進化、時間」(原題はずっとシンプルで”THE
FABRIC OF REALITY”です。)にガリレオに関してとても興味深いことが述べられています。ガリレオが教会と対立した真の論点は、天動説か地動説かということよりもむしろ、<物理的実在と人間のアイディア、観測と理性との間の関係に対する考え方だった>と彼は述べます。
<科学的推論は直感と常識だけではなく、宗教的教義と啓示にも優先する、と彼(ガリレオ)は主張した>
この点が当局(カトリック教会)が決して受け入れられない危険な思想と見なされたのだというのです。
自然は案内者であるとはモンテーニュの美しいことばですが、ディヴィッドの次の文章もかたりべちゃんは美しいと感じます。
<労を厭わなければだれでもそれ(科学的理論)を探求し、見つけ、そして改善することが出来る。許可も、入門も、聖典もいらない。必要なのは、正しい方法で---発展性のある問題と有望な理論を心に抱いて----見ることだけである。・・・知識獲得のメカニズム全体への、この開かれたアクセス可能性が、実在に対するガリレオの考え方の最も重要な属性なのだ。>
知識の理論を「認識論」と呼びます。ガリレオはこのような科学的認識論、すなわち懐疑する人間の知性が自然のより深い理解に対しアクセス可能であるという認識論をはじめて弁護したために有罪判決を受けたのですね。「ブレイク・フリー」は当局から危険な思想と見なされた、このことは歴史のよい教訓だと思います。
次回は、優れた随筆家でもあった明治生まれの物理学者、寺田寅彦の話をしたいと思います。ではごきげんよう!
参考文献ほか
グレイテスト・ヒッツVol.2 、クイーン、東芝EMI(2001)
「時空の歩き方---時間論・宇宙論の最前線」、S.W.ホーキング他、林一訳、早川書房 (2004)
「世界の究極理論は存在するか---多宇宙理論から見た生命、進化、時間」、ディヴィッド・ドイッチュ、林一訳、朝日新聞社(1999)
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