第19話 自由な精神の詩
January 26, 2005
かたりべちゃんにとって科学的な世界観そのものも十分に味わい深いもので、それが見せてくれる驚異や美しさをさらに楽しめるようにあれこれと友人たちと語り合うことが、かたりべちゃんの役割だということは第18話「科学の猿真似」でお伝えしました。
星もわたしたちも同じ原子でできており、人間や動物や星や宇宙でさえも生まれて死んでいくこと。脳のシナプスの情報伝達速度が1000分の1ミリ秒で、数十ミリ秒以内に相次いで起こった出来事はわたしたちには「同時」としか感じられないこと。このような知識がもたらしてくれる科学的世界観は、汲めども尽きぬ「センス・オブ・ワンダー」をいくらでもわたしたちに与えてくれます。そして、これらはすべて「科学者」と呼ばれる人々の、科学的な方法にもとづく誠実な研究の長年の積み重ねにより、はじめてわたしたちが手にすることができたものなのです。
ところで、かたりべちゃんがそれほどまでに見込んでいる「科学的研究の方法」とはそもそもどのようなものなのでしょうか。これはつい400年ほど前のガリレオの時代に発見されたとても新しいものです。ガリレオについては第3話「ブレイク・フリー」でもお話ししましたね。ぐるぐる回る考えを何とかまとめて、少しでもどちらかの方向に進めるための方法です。1964年に催されたガリレオ・シンポジウムでのファインマン*)の講演にかたりべちゃんの注釈を加えて料理のレシピ風にしてみると、次のようになります。
ステップ0.あらゆる先入観や説明に対して疑いを持ち、それらは不確かであることを確認する。科学的理論には「絶対に真」であるものはあり得ない。答えを前もって知らないことに気付くことで初めて「問い」が生まれる。
ステップ1.その「問い」に関して、方面の異なるあらゆる考えをつなぎあわせたり組み替えたりして、ひとつの「考え」としてまとめてみる。その上でそのまとめかたに矛盾がないか頭の中でさらに考えてみる。(この作業はすればするほど意味がある。)このようにしてそれが「よい質問」であると判断できれば、実際にテスト(実験)してみる。
ステップ2.テストの結果を判断する。ここでは客観性を絶えず保つことが重要。結果の中から気に入ったものだけを選ぶのではなくすべて残らず検討する!
ステップ3.結果を記録する。ここでは書き方に私感を交えないことが重要。できるだけの注意を払い、それが「無色透明の記録」になるようにする。
こうした一連の注意深い作業を経て提出された科学理論は、どんな些末な問題をあつかうものであっても、それが「よい質問」でありさえすれば科学全体の中でいずれは他の科学的研究の手法そのものに資するアイディアとなっていきます。もちろん反証によって墓場に入る理論もたくさんあることは事実です。何十年にも渡るこのような過程を、科学の「自己修正的な過程」と呼ぶ人もいます。
ファインマンも何度も強調していますが、ステップ0の「懐疑の自由」は科学の発達の絶対条件です。第16話「科学と理解2」でも触れましたが、理屈には土台はもとよりなく、絶対確実な理論というものは存在しない。このような「不確かであることの自由」はガリレオに代表される人々が、当時の権威であった教会と長い間戦ってくれたおかげでようやくわたしたちが手に入れたものです。まさに「ブレイク・フリー」だったのです。
話はそれますが、かたりべちゃんは2,3年前に並列スーパーコンピューターを使った大がかりな計算をして物理の研究をしていたのですが、そのような自分の研究そのものに「懐疑」を抱いたことが、科学的認識論をもういちど勉強し直すきっかけになりました。プログラムのデバッグで長時間端末の前に座っていたため、頸椎ヘルニアになるほど熱中して研究していても、どこかで自分を嗤っている自分が常にいるのです。そのとき、10年も研究をしてきて自分が科学について実は何も知らないことに気付いたのです。必要に迫られないと本当の意味で「学ぶ」ことはできないということを、かたりべちゃんはこの経験から深く理解しました。
さて、未来の人たちに、この「懐疑の自由」や「不確かであることの自由」を残しておくことこそが科学者たちの責任であることを、ファインマンは次のように述べています。
<偉大な進歩は己の無知を認めることから生まれ、それが思考の自由の成果であることを悟り、この自由の価値を鼓舞して、懐疑は危惧するどころかむしろ歓迎され、おおいに論じられるべきであることを教え、その自由を義務として次の世代にも求めてゆく。これこそ科学者たるものの責任であると僕は考えるのです。>
この文章は『科学の価値とは何か』からの抜粋です。科学者ファインマンというよりむしろ「自由な精神」がうたっている!とかたりべちゃんは強く感じます。
参考文献
「ファインマンさんベストエッセイ」、リチャード・P・ファインマン著、岩波書店(2001)
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