ケーブル八瀬駅改札のアナウンスが聞こえてきたので、あわてて支払いをしてケーブルカーのりばへ向かう。夫はサングラスを縁台に忘れてきたので走って戻る。そんなところに、ふと年齢を感じる。大汗かいて小走りで来たが、出発時間は一時ちょうどでまだ十分くらい余裕があった。それでしばらく川に架かる橋の上で写真を撮ったりしていた。川では子供連れの親子がバーベキューをしていた。橋の下には中学生の男の子三人が泳いでいた。とにかく気温がぐんぐん上がって川で泳いでいる人たちがうらやましい。
ケーブルカーはちょうど定員いっぱいくらいの乗客だった。9分くらいで今度はロープウェーに乗り換える。この乗り換え口からは京都北部が眼下はるかに見渡せ、すばらしい眺めだった。輪っかが空中につるしてあって、「かわらけ」という素焼きの杯を投げて、その輪にうまくくぐらせたら願い事がかなうという。三枚百円。おじさんたちがわいわい言って投げていたけど、その結果を見る暇もなくロープウェーに乗る。
「乗客二十三人です。」
と係の人が報告している声が外から聞こえた。座席はなくてみんな立っているのだけど、狭い車内でちょっと窮屈だ。白い杖をついた初老の背の高い男性が、娘のような人を介添えに来ていた。その親子をいれて六人ほどの団体旅行のようだった。案内役のおじさんはちょっと目つきの鋭い怪しい感じの人だった。もしかしたら山伏かもしれない。
三分くらいで比叡山頂に着く。標高848mだ。ロープウェーを降りたところにあった温度計では、気温29℃だった。おそらくこのころ地上では35℃以上あったと思う。しかし景色がすばらしいので、暑さを忘れて歩き出す。バス乗場に着くとバスがすでに待っていた。バスは東塔地区、西塔地区、横川地区と順番に巡回しているが、私たちはまず西塔までバスで行き、それから徒歩で東塔、根本中堂と周り、坂本ケーブルで大津へ下る予定をたてていた。例の白い杖の男性を含む団体と私らの合計八人くらいが西塔をめざしていて、その他の人たちは途中で降りてしまった。
バスを降りてからぶらぶら歩いて行く。「親鸞聖人ご修行の地」と書いた碑のあたりを眺めて、さらに行くと「にない堂」が見えた。このあたりの杉木立を見て、私の記憶にあった比叡山は西塔だったことに気づく。砂利敷きに杉木立。およそ三十五年ぶりに見る景色だった。杉も大木だったが、木の根元に生えたこけも半端じゃない。ふわふわでいろいろな形の苔がたくさん生えている。苔の写真を撮ったら、まるで一つの山の景色のミニチュアのようだ。しかもハート型!