私はとにかく御朱印をもらうことばかり考えていたので、はじめにお参りした釈迦堂では危うく肝心のお参りを忘れるところだった。御朱印を受け付けている人は驚いたことに尼さんだった。ちょうど一緒に来た団体の人たちも皆、御朱印帳を持参していたので、いっぺんに御朱印を頼まれた尼さんはちょっとあわてていた。しかも私の御朱印帳は西国三十三カ所用なのである。尼さんは、
「これにこの御朱印押していいんですか?」
と聞いてくれたのに、私はその意味がわからなくて、
「あいているところどこでもいいです。」
と、とんちんかんな返事をする。尼さんは不思議そうな顔で、
「根本中堂で普通もらうものなんですが。」
と、低い声で言っていた。しかし私は意味がわからなかった。しかも私は御朱印をもらうのにいくらお金を払うのか聞き出せずに、そればかり気にしてもじもじしていた。おいくらですか?と聞くのも不作法な気がするし、料金は?というのはヘンだし。何と言えばいいんだろう〜?とひとりでどきどきしていた。
他の人の様子をそれとなく見ていたけどやっぱりわからなかった。朱印帳をそこで買っている人は三千円払っていた。しばらく待つと御朱印がようやくできあがったので、もって去るようなフリをすると、
「御朱印代三百円です。」
と厳粛に言われてようやくわかったので、三百円を出してありがとうございました、と最敬礼する。危うくそのまま黙って立ち去るところ、と尼さんはさぞびっくりしただろうなぁ。
ともかく何よりも圧巻だったのは、釈迦堂向かって右手の大きな二本杉。
「これだ!これこれ!」
と私は叫んでかけより、両手でパタパタ幹をさわった。三十五年ぶりに再会した喜びと感動!この杉の木を修学旅行の時に見て覚えていたのだと思うのだ。樹齢はどのくらいなのだろう?それにしても大きな杉の木だ!うち一本は幹が異様に赤かったので赤松かと思った。あの杉の木は比叡山の主だ。この木に出会えたのが、今回の旅行のハイライトといっても言い過ぎではない。
気温がぐんぐんあがっていくので、そこから東塔に行く上り坂は本当にしんどかった!それにしても暑さのせいか観光客がほとんどいない。夫と歩いていても、すれ違う人は二、三人のみ。さっきまで一緒だった六人くらいの団体の人々は、西塔のみ拝観とのことでいなくなってしまう。
根本中堂へ行く道は伝教大師御廟のある浄土院までは平坦だが、そのあととんでもない高い段差の階段を延々上る道になり、これには本当に閉口した。しかし浄土院は風の抜けるとてもよい場所に立っていて、段差は大変だけど途中何度もふりかえり、そのたびにさわやかな気分になる。
「なんでこんなに段差が高いのかなぁ!?当時の日本人はもっと背が低かったはずなのに!」
と夫もびっくりしていた。後で聞いた話では、戦略的に敵に簡単に攻め入らせないためにわざわざ段差を高くしたり、高さを変えたりすることがあるらしいので、もしかしたらここもそうじゃないか、と思った。ようするに嫌がらせなんだとしたらとても納得できる。