玄関を入るとひろい上がり口に、きれいに着ものを着た女将ほか三人の女性が出迎えてくれる。かすかにお香のかおりがする。実に上品な料亭だ。汗だくで玄関に入って来たほこりっぽい私たちを見て、女将はちょっと驚いた顔をしたような気がした。席は二階の個室で瀬田川に面しており、和室に流礼茶席用のテーブルをつなげておいたものに椅子がけという夏らしいしつらえだった。
床の間に斑入りのススキの葉、白と紫の花が美しくいけてあった。メニューは京懐石で、六千円、七千円、八千円のコースがあるというので、
「鱧が食べられるのはどれですか?」
と聞いたら、八千円のコースに鱧料理があるというのでそれを注文する。東京では鱧はなかなか食べられないので、私は楽しみにしていたのだ。
一品ずつ着ものをきちんと着たお運びさんが持ってきてくれる。鱧は梅肉につけて食べたのがやはり一番美味しかった。そのほか野菜の炊き合わせでトウガンがとても美味しかった。それから鮎の塩焼き。これは骨と頭、しっぽを別々に抜き取り、油でおせんべいのように揚げてあって、ぱりぱりと美味しい。器はどれも夏らしくガラスや竹籠の器で、それぞれ意趣があり、出汁の味が大阪育ちの夫もさすがとうなるほど絶妙。最後に出された炊き込みご飯は、土鍋で炊いたアナゴの炊き込みで本当に美味しかった。接待などで懐石料理を食べつけている旦那さんも絶賛している。
「この店よく見つけたねぇ!」
と大いにほめられた。なんだかんだ調子にのって私も地酒を3種類、ちょっとずついただく。なかでも七本槍というお酒が特に美味しかった。これは豊臣秀吉の家臣にちなんでいるとのこと。ここでも旦那さんの歴史の意外な知識が垣間見えた。
近江は米と水が豊富なためか、地酒の種類が多くて味も絶品だと夫は絶賛していた。食事が終わる頃、女将が少し慌てたようすで部屋に顔を出して、
「おすきなようですから、メニューにはのせていませんが、是非おすすめしたい地酒などもありますが。」
と勧めてくれた。すでにデザートにはいるところだったので遠慮したところ、女将はとても残念そうだった。
この日は近江八幡で、全国一の38.8℃という最高気温を記録していたらしい。そんな所じゃないんですけど・・・とタクシーの運転手さんも翌日笑いながら言っていた。ある意味記録に残る旅だったわけだ。
すっかり京懐石を堪能し、タクシーで大津プリンスホテルに行く。部活の試合で来ているらしい高校生の真っ黒に日焼けしたグループや、家族連れなど、団体客やアジア人観光客も多い。もう八時を過ぎていたので、部屋に着くなりお風呂に入って九時半にはもう寝てしまう。お風呂が意外にもバスタブと洗い場がある和式のお風呂だったのがうれしかった。部屋は三十三階だったので翌朝の琵琶湖の眺望を楽しみにして眠る。
夜中、25℃にエアコンをかけていたのに汗をかいて何度か目が覚めた。夢で、岩場に白い鹿がいて、高いところから私を見下ろしているのと目が合う。私は比叡山の守神だ!と気づいて、見ちゃだめだ!と思い、とっさに目をつむろうとして目が覚めた。見ると死んでしまうという夢の話を思い出してちょっと怖くなる。翌朝夫にそう言うと、
「夢で死ぬとか、そんなもんない!」
と断言していた。ひさびさに旦那さんの口癖「そんなもん」がでた。
(つづく)