境内の芭蕉庵は雨戸が閉まっているので中の様子はわからないが、ここに逗留したらさぞいい句がたくさん作れるだろうなぁと感じる。縁側に座ってみてしみじみそう思った。そこから眺める国宝の多宝塔はすばらしかった。白と黒の落ち着いた色合いといい、左右の均整といい、実に美しいと感じる。
雨が降るのでそろそろ見学をきりあげて寺を出たら、やっぱりさっきの運転手さんが車で待っていてくれた。それで岩間寺までさらに行ってもらうことにする。寺の中は石山寺よりもっと平坦で回りやすいと運転手さんが言うので、それなら大丈夫かなと考えた。
「他の人には無理に勧めませんが、西国三十三カ所の御朱印帳をせっかくお持ちでしたら、是非足を伸ばした方がいいでしょう。」
と元気に勧めてくれたのだ。
ところが途中どんどん険しい山道になってきて、ゴルフ場入口とかいた看板を過ぎたあたりからは、雨脚もますます激しくなってきて、ふと見ると道路の側溝が雨水で滝のようになっている。あちこちにたくさんわき水のありそうな山とはいえ、このわき水は山崩れのサインではないかと心配になる。落石注意の看板もあり、ますます緊張する。
一方、運転手さんのみ、勝手のわかった道のためか元気いっぱいだ。
「以前大雪の日に、比叡山までやってくれと、大阪から日帰り出張で来たお客さんに言われて、タイヤチェーンをまいて大変な思いをしてのぼったこともありますよ!比叡山はけっこう冬に雪が積もりますからねぇ。」
などとあれこれ楽しそうに話してくれた。運転手さんは、近江八幡のどこどこという場所の出身だと胸をはっていたので、きっと有名な場所なのだろう。いつか仕事をやめたら、西国三十三カ所周りをしてみたいと自分でも思っているそうだ。
それでも十分ぐらいで岩間寺の駐車場に着く。運転手さんも一緒に案内しながら参拝したいという。拝観受付のおじさんとはすっかり顔見知りのようで入山料なしで入っていた。岩間寺は雷よけの御利益があるとのことで、電気工事関係者や飛行機の乗務員などがたくさん訪れるとのこと。境内に入ると見上げるばかりの大銀杏が立っていた。
その脇の縁台に座っている姉妹のようなふたりのおばあちゃんが、かわるがわる話をするのによれば、樹齢四、五百年とのこと。ギンナンのならない雄株だそうだ。秋に来たらあたり一面銀杏の葉が散り敷いて金色になる。
「秋はそりゃぁきれいですわ〜」
とおばあちゃん二人で口をそろえて言う。そうだろうなぁ。ふるさとの十王様の大銀杏を思い出した。あの木は樹齢百年くらいだったように覚えている。あれは雌株だったのでギンナンがたくさん落ちて、秋はものすごい異臭を放つのだった。雄株の方が葉っぱが小ぶりなんだそう。そう言われてみると確かに葉っぱがすこし小さいように思った。