4月は雨が降ったり晴れたり、ころころよく変わる天気がつづいた。
私は脳がポンコツになってしまったという実感と、ストレスから来る不眠症と、ふわふわしためまいをかかえ、自分の葬式をどうするかということばかり考えて過ごしていた。
血液検査の結果、悪玉コレステロールと呼ばれるLDL値が140だったので、
「あなたみたいに脳梗塞やった人は、LDL120以下にしてください!」
と医師にきびしく言われる。私って『のうこうそくやったひと』なんだ〜とふるさとに帰ったような懐かしい気分になる。何にせよ、グループのメンバーに加わることで得られる「帰属意識」というものが、私には新鮮なのだ。医師は食事療法が詳しく載ったパンフレットを渡してくれて、「当面食事でがんばれますね?」
と念を押してくれた。これ以上薬が増えなくてすんだのでとにかくほっとする。
あとで友人に聞いたら、コレステロールを下げる薬は飲み始めたら一生飲まなくてはならなくなるので、できる限り食事でがんばるほうがいいとのことだった。それから毎日野菜と納豆ばかり食べていた。それで体重が2kgくらい減った。それにしても、コレステロール値も中性脂肪もそれほど高くないのに、本当に動脈硬化が私の血管狭窄の原因なのか?本当の原因はいまだ不明なのだ。ブラピを飲み続けていても血管は拡がらないと医師は言うけど、いったいそれではこの病気の治る見通しはあるのか?逆に通院や、薬を飲み出したことから来る新たな不調をどうするのか?今の不調の原因は病気なのか、それとも治療なのか?そういったさまざまな未消化の疑問をかかえてパンク寸前だった。
ひさしぶりに10年以上つきあいのある漢方薬局に行ってみた。
「バスケ部の朝練にでかける息子の弁当を作るのに、早起きできるか心配しながら寝ていたら、明け方夢でうなされて、イエスの『最後の晩餐』の献立を必死で考えていたんですよ。夢で試食したパンプキンケーキがすごくおいしかったです。」というと、先生は、
「バチカンもひどいやね。マグダラのマリアを売春婦よばわりして、それが間違いでしたって認めたのは、つい最近のことなんだからね。男性中心にもほどがあるってもんだ。」
と突然カトリック教会の話になったので、へぇ〜そうなんだ、と思う。滅多にこの先生とは宗教の話にはならないのに、今日はめずらしいなぁ。しかも、その話はいままで聞いたことがなかった。自分の葬式を近所のりっぱな教会でやってもらうためにキリスト教に入信しようか、とちらっと考えたこともあったが、さすがに考えが安易すぎたとやや気恥ずかしくなる。
「息子さんいくつになった?」と聞かれたので、
「15歳です。」と言うと、
「それじゃあ、あんた、あと10年はがんばらないと!」
と励まされる。あと10年かぁ。永いなぁ〜!製造物責任というのだそうだ。
先生の見立てでは、私は首と肩が固くなってくると眠りが浅くなるし、おそらく血管も詰まってくるのだそう。確かに、根をつめて仕事をしている時に、無意識に首に力を入れていることに気づくことがよくある。
とりあえず今一番どうして欲しいか?と聞くので、「とにかくぐっすり眠れればいい。」
と伝える。そしたら
「よく眠れるようにだけはしてあげる。」と言われる。
「眠れなくても1時間じっとして横になって楽しいことを考えていれば40分眠ったのと同じ効果がある。」
といわれてとても安心する。そうか!そうなのか!最近毎晩のように続いている悪夢と、寝汗をかいてうなされる感覚、これがなければどんなに楽だろう!
「あんた、血管詰まったの昨日今日じゃないよ。」といわれて、私も同意する。
「10年前からめまいしてましたからねぇ。」
5月に入ると庭のクレマチスやバラ、そのほか様々な花が一斉に咲き始めた。私は毎日カメラを持ち出して花の写真を撮っていた。植物の勢いにつられて私もだんだん元気になってきた。とにかくカメラのことやレンズをどうしようかと考えるだけでも楽しくなる。
朝起きて、開いたばかりのクレマチスの深い紫色を目撃する。それを目でかみしめながら、どうやってそのままの印象を画像に記録しようかと考えるのが楽しいのだ。それで夜眠れないときは、もっぱら今度はどの単焦点レンズを買おうかということを考えることにした。その新しく買ったレンズを持って鎌倉にあじさいの写真を撮りに行こう、と楽しみに計画を練っていた。
抗血栓薬のブラピを飲み始めてから、右目が夕方にはかすんでしまうという症状がすっかりよくなったのは助かった。これでまた夜も本が読める!
その頃、風呂ですっかりのぼせてしまい、頭がガンガン痛くなったことがあった。ロキソニンを飲んで何とかしのいだが、この頭痛は3日間続いた。今までも月に3日間くらい偏頭痛がすることがあったけど、これも脳血管狭窄のせいなのだろうか?それにコーヒーを飲むと頭が痛くなることにも気づいた。こんど医者に聞いてみよう。
次の診察の時に、医師に風呂でのぼせて偏頭痛になったことと、コーヒーの件を聞いてみた。
「カフェインは血管を収縮させるので、偏頭痛はコーヒーで普通治るんですけどねぇ。あなたの場合は偏頭痛じゃないのかもしれませんね。」
と医師。
「以前から月に3日間ほど生理の前後にひどい頭痛が続くんですが。」
と聞くと、
「確かに、ホルモンを作るために脳の下垂体という部分が微妙に腫れて、それで脳圧が高くなって頭痛することは、わりと敏感な人にあります。」
これにはおどろいた。そんなわずかな変化で脳圧が変わるのだったら、気圧やカフェインやその多諸々の影響で頭痛するのはあたりまえかもしれない。
「それなら先生、ホルモン治療したらいいんじゃないでしょうか?」
と聞くと、
「ホルモン治療は血栓をつくりやすいので、あなたの場合出来ないんです。前立腺の治療で男性ホルモンの治療をしている場合にも、更年期障害でホルモン治療をする場合でも、血栓ができてしまうことがけっこうあります。」
とのこと。なんだかようやく医師との会話がかみあってきた感じ。私はこの日初めてこの病院に行ったかいがあったと思えた。(つづく)